第四十七話
少し時は戻り森の出口。
五人の冒険者少女達が連れ立って臨設のギルドキャンプへと向かっていた……最悪の報告を携えて。
エミ、リル、ミラ、マリ、リアの五人だ。
彼女らは森に残っていた冒険者の安否確認と救助の為に向かっていたのだが、全員がアンデッド化してしまい、エミによって浄化された事を報告しなければならない。
「見知った人が亡くなってしまったというのはやっぱり悲しいですね」
マリがボソッと呟く。
「ロクでもない人達でしたけれど、よりにもよってアンデッド化するなんて不憫ですわ」
ミラも同情的だが、妖精狩りなどという幽霊狩猟とさして変わらぬ行為に耽っていた者達などには相応の報いだと思わなくもない。
「そうね、この件の報告は気が重いわね」
リルはリーダーなので、皆を代表してこう言った事をする役回りだ。
割と世話焼きな面のある彼女だが、悪い報告と言うのはやはり出来ればしたくは無い。
エミとリアは先程から押し黙ったままだ。
シュンとのやり取りが影響しているのがありありだ。
当然他の皆もその件の事は気にしている。
敢えて別の話をする事で、此方は大して気にしていないというアピールをしているが、エミとリアにはそれが気遣いである事が感じ取れる為、益々恐縮してしまう。
そんなギクシャクとした雰囲気の中、報告を無事に済ませた一行は生き残った冒険者達とともに街へと帰り着いた。
本音を言えばその道中にでもエミから説明を受けたいところであったが、他の人の目もあるし、エミを信頼しているとの思いから皆我慢をしていた。
そんな故もあって、拠点に戻った彼女らは我先にとエミに質問を投げかける。
「さあ、話してもらうわよ……シュンは一体何者なの?」
「シュン君とエミの本当の関係が知りたいです」
「彼の正体も気になりますけど、エミの考えが知りたい所ですわ」
「お、おおぅ、そ、そうか……まあ、シュンが帰ってきてからの方が良いかと思ったんだけど……まあいいか」
皆からの追及に気圧され、エミの言葉は辿々しい。
リルもマリもミラも待ち切れない様子でエミを見つめる。
「そうだな、どこから話せばいいか……オレとシュンとは前世からの付き合いなんだ」
瞬間、皆の張り詰めていたものが途切れる。
……またそんな話なのか。
エミの前世語りは以前はよくあった。
“我は魔王、再びこの世界へと舞い戻ったぞ” とか“この地は我が居城、我こそが法なり”とか随分な事をよく言っていた。 五年前ぐらいからだっただろうか……以来ちょくちょくそんな事を言うよになり、口調までガラリと変わってしまった。
以前は自分の事を“あたい”とか言っていたのに急に“オレ”になったりもした。
パーティーを組んだ最初期の頃までそれは続いたが、 誰もまともに取り合わないので最近はなりを潜めていたのにまた病気がぶり返したのかと、リルは心配になってきた。
けれど今は大事な話をする所のはずだ。
そんな妄想上の話が許される場面じゃない。
「ちょっとエミ! あなたこんな時に巫山戯るのはやめて頂戴!」
さすがのリアも心配はしつつも怒りを露わにする。
「……皆んな、エミも話の整理をつけたいだろうし、先にお風呂に入らない?」
そんな中、落ち着いているリアは静かに指摘する。
この意見に反対する者はいなかった。
エミは逃げも隠れもしないだろうし、帰ってきたからにはそう慌てる事もないかもしれないと思い直し、入浴して心身を整えてから改めて話を聞こうという事になった。
この拠点には浴室が付いている。
入浴用に調整された魔法陣が描かれた陣紙をセットすれば、魔力が途切れるまでスイッチ一つで湯が沸く仕組みになっている。
中々の優れものなのだが、大きさはさほど広くはない為湯船に浸かろうと思えば一人で一杯になる。
つまり一人が出るのを待っている間は、微妙な空気が流れてしまう事になる。
その為、エミは一人公衆浴場へと足を運ぶ事にした。
「うーん……どうしたものか」
エミは湯船に浸かりながら考え込んでいた。
メンバーは全員、エミの前世の話を少年少女が稀にかかる妄想の癖だと思っている。
こんな状態ではいくら本当の事を話そうとも信じてもらえそうにない。
何せ物証となるものが存在しないのだから、証言だけでは信じろと言う方が無理がある。
エミはそれを十分に思い知らされている。
だから傍証となり得るシュンがいれば、多少は信憑性が上がるのではないかと思っていた。
けれども、よく考えれば物証が無いのはシュンも同じかもしれないし、よしんばあったとしても、それを証拠として認めてもらえるかどうかは疑わしい。
何せ二千年前の話だ。
何を見せようとも、“何それ?”としか思ってもらえないだろう。
今更自分の浅はかさに気付いてしまったところで解決の手段は思い浮かばない。
斯くなる上はシュンに丸投げしてしまおうと決め、湯加減を楽しむエミ。
エミがそんな事を考えているとはつゆ知らず、シュンは肩から蔦を巻き付けたスケルトンを背負い、辺りが暗がりを増していく中をエミ達の元へと急いでいた。
リアとのやり取りから、皆が相当迷惑がっているのだと思い、自身の釈明はともかくエミに不信感を持たせてしまうのは少々可哀想な気がするし、そもそも勝手な行動をしているのだから、合流するのに急ぐのは当然だろう。
エミがどういった説明をする気なのかも気になる。
まさかいきなり『二千年前の魔王と勇者だ』とかは言い出さないだろうが、どうするつもりなのだろうか。
まさにシュンは今、エミが悩んでいる“何の証拠も無い状態でどの様に皆を納得させる”つもりなのだろうかという事を考えていた。 もちろん納得させるのはエミの仕事だ。
不審がられている自分が説明するより、信頼されているエミが説明した方がいいに決まっている。
とは言え、保険ぐらいは掛けておこう……気休め程度かもしれないが。
シュンがそう思うのも当然の流れだろう。
故に、自分は傍で相槌でも打っていればいいだろうと気楽に思っていた。
何ならすでに説明を始めていて、もう終わっている可能性だってあるんじゃ無いかとまで思っている。
となれば、一体自分はどういった目で見られるだろう。
ルース達は特に変わった様子を見せなかったが、それは彼らが数多の冒険を経験してきたが故のことだろう。
対して彼女らはまだ年若い。
その経験は、おそらくルース達の半分も無いだろう。
そんな彼女らに受けいられる事ができるだろうか? そうでなくても既に自分の立場は微妙な状態だ。
(まあ、無理にこのパーティーに居座る必然性も無いか……)
依頼は立ち消えも同然だ。
つまり報酬は出ない公算が高い。
となれば彼女ら冒険者達は、命をかけて幽霊狩猟に立ち向かう理由など無い。
……ミラだけは別かもしれないが。
エミ達の拠点と言うか自宅(借家)に辿り着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
いつもよりも早めに暗くなってきているのは、空を覆う分厚い雲のせいだろう。
明日こそ雨になるかもしれない。




