第四十六話
そういった訳で今シュンは森の中を一人で歩いている。
『で旦那、一体何をおっ始めようってんですかい?』
もとい、一人と一体で歩いていた。
「お、なんだお前生きてたのか? 急に無口になったから成仏したのかと思ってたぞ」
アンデッドに生きてたのかと聞くのもおかしな話だ……紛らわしいモンスターである。
『勘弁して下せえよ旦那、あっしだって退魔師相手にゃしおらしくもなりまさあ』
それにしてもこのスケルトン、最初に現れた時とは印象がまるで違う。
喋り方にしてもそうなのだが、まるでシュンの舎弟にでもなったかの様な有様だ。
第一、シュンは旦那とか呼ばれる様な見た目ではない……まあ今更だが。
「ほーう、弁えてるって事かよ……お前中々に面白い奴だな」
初めはイラつく奴だと思っていたが、こうして頭部だけとなり、態度も大人しいとなればシュンもこのスケルトンを、何が何でも始末してしまおうとは思えなくなってくる。
と、ここでシュンにある思いつきが生まれた。
アンデッドは呪力によってその存在を固定されているのだから、この小脇に抱えた頭蓋骨は言わばマジックアイテムの様なものとも考えられる。 少なくとも生物ではないのだから。
呪力と魔力の違いはあるがどちらも力である事には違いがない。
であればこの頭蓋骨は陣紙の様に扱えないだろうか?
だったとして……何の字を使おうか。
と考えるシュンには、スケルトンの意思を確認するつもりも尊重するつもりも無かった。
面白い奴ではあるが、幽霊狩猟の一味でもある事だし、地下遺跡までまともに案内する気があるのかも怪しい。
「おい……骨。 俺はお前を信用している訳じゃない」
『へへ……嫌だなあ……旦那』
スケルトンの眼窩に灯る火が忙しなく泳ぐ。
「だからお前にこれから頸木を付ける」
シュンはそう言いながらスケルトンの頭部を左手で眼前に掲げ、右手の人差し指を突き付ける。
『な、何をなさるんで? やめて下せえ旦那!』
良からぬ雰囲気に狼狽するスケルトン。
それには構わずシュンはスケルトンの頭部に『僕』の一文字をなぞる。
一瞬だけその文字が浮かび上がり、淡い光を放つとスケルトンの頭部を包み込む様にしてから、吸い込まれるように消えていく。
「い、いったい何を……あれ、あっしの声が?」
不快極まり無かった声がウザい声程度にまでは落ち着いていた。
どうやら無事に魔法の効果が出た様だ。
「お前はたった今から俺の下僕になった。 俺に嘘をつく事や逆らう事は出来ないって訳だ」
「そ、そんな……話が違うでヤンス! あっしは地下遺跡への案内としか言ってないでヤンスよ!」
確かにスケルトンは感じていた。
シュンに逆らえないという脅迫めいた感情が自分の中に生まれてしまった事を。
さらに言葉遣いまでより三下っぽくなっていた。
「その案内を確実にしてもらうためだ。 今のままでは一々余計な罠とかを警戒しなきゃいけなさそうだからな……時間の無駄だ」
ぎゃあぎゃあと喚くスケルトンを無視して再び森の中を進み始めるシュン。
どうやら逆らう事はできなくても、文句ぐらいは言える様だ……鬱陶しい。
メツァンハルティアのハルに教わった場所を思い出しながら薬草を集めていく。
そう、エミの予想した通り回復手段の獲得だ。
そしてそれをポーションに加工する算段も付いている。
ついでに蔦も採取し、スケルトンをグルグル巻きにして肩から背負う。
小脇に抱えるのも疲れたし、街に帰った時にこのままでは外聞が悪い。
おまけに口の動きも固定でき、喋れなくなって一石三鳥だ。
それから暫く歩き回り必要なものはあらかた揃える事ができた。
ポーション製作素材や、魔力の宿っている植物、小さな魔石、誰かが回収し損ねた魔晶核、逃げ出していなかった小動物、加工可能な昆虫類、などなど……
「さて……最後に難題が残ってるな」
シュンは目の前に積んである自分の集めた素材を見ながら呟く。
少々欲張りすぎた様で、これらを持ち帰る手段が無かった事を思い出す。
亜空間収納の様なものがあれば問題はないのだが、魔法の使えない今それは無いものねだりだ。
亜空間という発想で、またも思いつきが生まれた。
アンデッドどもは脳みそもなく声帯も無いのに、考えたり喋ったりしている。
ひょっとして、奴らの頭の中って何か別の空間が広がっていて、その領域からそういったものが生まれてくるんじゃ無いだろうか?
ちょっと荒唐無稽に過ぎるし、都合のいい考えにも思えるが、試すだけならタダだろう。
そう考えたシュンはスケルトンに巻き付けた蔦を解く。
「酷いでヤンスよ旦那! 死者に鞭打つとはこの事でヤンスよ」
鞭というか蔦だが。
「すまんな、お前があんまりうるさかったもんでな」
少しもすまなさそうな表情を浮かべずにシュンは言う。
「すまないついでに少し試させてくれ」
「な、何をするんでヤンス!?」
頭蓋骨を逆さまにするシュンに驚くスケルトン。
それには構わず、シュンは試しに数点の素材を入れてみる。
「ちょちょちょちょーっ!? タンマ、タンマでヤンスよー!」
自身の中に異物を入れられたスケルトンは悲鳴を上げる。
「おう、凄いな……お前の頭ん中どうなってんだ?」
頭蓋骨に入れられた素材は目には見えているものの、厚みがなくなりまるで絵で描かれた様になっていた。
中に入れた素材を取り出してみると、きちんと元の状態に戻る。
シュンの予想では、亜空間……幽星界辺りに接続されているのではないかと思われていた。
それ故に失っても惜しくない物を数点入れてみたのだが、どうもそういう訳でもない様だ。
全くもってアンデッドというのは不思議な存在のモンスターである。
「人を(?)バカみたいに言わないで欲しいでヤンス。 あっしの中が一体どうなってるんでヤンスか?」
いくら自分の事といえど、流石にそこがどうなっているのかなど知るよしもない。
大体にして、自分がどういう仕組みで動いているのかだって知らないのだ。
どんな理屈であれ、考え、喋り、動けるからそうしているだけだ。
「何と言うか……まあ、便利な事になっている」
シュンも仕組みなどどうでもいい。
どうあれ荷物を持って帰る手段が出来たのだから、後はどれだけ入れられるかだけが問題だ。
「まさかとは思いやすけど……そこにある物全部あっしに詰め込む気じゃござんせんヤンスよね? まさかそんな……ね?」
訝しむスケルトンをよそに、荷物を次々と無言で詰め込み始めるシュン。
「嫌でヤンスー!……あ、あ、あ、生はナマモノはやめて欲しいでゲスよー!」
嫌すぎて語尾まで変わってしまうスケルトン。
たとえアンデッドであっても、自分の中に入ってくるものに対しての異物感はやはり気分が悪い。
それがナマモノでは気色の悪さはかなりのものだった。
すべての荷物を収納すると再び蔦を巻き付けて背負い、変わらぬ重さの頭蓋骨と少しの罪悪感とともにシュンは帰途についたのだった。




