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第四十三話

カチャカチャと音を立て、近づいてくるそのスケルトンの眼窩に火が灯る。


『へえ、そこのガキ……おめえがシュンってえ奴かあい』


このスケルトンもシュンを探していたのだろうか、シュンを見つけた事を喜んでいる様にも見える……骸骨なので表情は分からないが。


『ヘカルの旦那から聞いちゃあいたが、どう見てもただのガキじゃあねえか』


ヘカル……ヘカルベレントの事だろう。

聞いたという事は、他のヴォーエンスイエーガー達やこのスケルトンは、一度地下の遺跡とやらに集まったのだと言う証左だ。


ヘカルベレントは“地下の遺跡で待つ”と言っていた。

にもかかわらず、このスケルトンはシュンを探しに出てきたのだろうか、それともただの偶然なのか。


『親分からも手え出すなって言われてるけどよお、そんな大層な奴にゃあ見ねえよなあ」


「親分……だと? その話詳しく聞かせてもらおう」


どうもこのスケルトンは口が軽そうだ。

ベラベラと内情が滲み出ている事を喋っている。


恐らく今は幽霊狩猟の連中は地下遺跡に集まっている。

シェイドウルフに跨っているとはいえ、一体で彷徨いているという事は勝手に出てきている可能性が高い。

こういったはみ出し者もいるのだろうが、統率は取れている様だ。


それにやたらヴォーエンスイエーガーにこだわっている様だ。

仲間内でのその地位はやはり高いのだろう。

それに数の制限が無いのも今までの言葉から分かる。

四人以上いる可能性も視野に入れる必要が出てきたという事だ。


何より一番はっきりしている事は、このスケルトンはヘカルベレントよりも格下の弱敵という事だ。


「その良く回る口で貴様らの首領について話してもらおう」


シュンはエミと違いアンデッド化した連中に興味は無い。

人間に裁かれようが、人外に裁かれようが大した違いを感じない。


シュンの興味はあくまで幽霊狩猟についてなのだ。


確かにシュンは、人助けをしたいとの発想から冒険者をやってみようと思った。

だが、助ける人ぐらいは選びたい。

シュンは勇者ではあったが、聖人君子ではない。

誰でも無条件に助けたいわけではない。


もちろん、目の前で死にかけている者を見捨てるわけにはいかない、例えそれが悪人であったとしてもだ。

だからと言って、エミの言う様に人の命云々と言うつもりもない

人も魔族もモンスターも、アンデッドですら存在という意味では同じだ。

人だけが特別なわけじゃない。


ただ、同種に対する感情を否定するつもりはない。

そんなものは当たり前だ。


だから、シュンの判断は単純だ。

自分が嫌なのかどうかだけなのだ。 そのシュンをしてこのスケルトンは嫌だ。 何かムカつく。

それが一番大きい。


『いいねえ、その強気……どこまで持つのか興味があるぜええ!」


自身のその言葉を合図の様に、スケルトンはシュンに襲いかかる。


このスケルトンにとって、重要なのはメツァンハルティアだ。

シュンの予想通り、待機命令を無視してこの場にいるスケルトンにとっては、シュンよりも妖精大将とも言うべきメツァンハルティアの方が重要なのだ。


逆に、シュンに手を出す事はヴォーエンスイエーガー達やその首領に逆らう事に他ならなくなってしまう。


けれども、脳みその存在しないスケルトンにはその発想はない。

本能のままに、敵は倒す以外に考えは及ばない。


それが自身の未来の消滅だとは露ほども思わずに……




『我が主よ、シュンとやらに会いましたぞ」


ヘカルベレントが恭しく、無い頭を下げながら報告をする。


『何だあ、オッさんが当たりかよお』


『ヘカル殿の引きは強いであーるなー』


『流石でございます』


ヴォーエンスイエーガーの面々が雁首を揃えて彼らの首領の前に集まっていた。


「ほう、ハゲ……じゃなかった、ヘカル、アニキに会ったのか……ホントにアニキがいるのか」


最後の方の声はヴォーエンスイエーガー達には聞こえなかった。


『で、ボスどうするんですかい? そのガキ連れてきますかい?」


面倒臭そうにバーティービジットが言う。


『ホッホ、ヘカル殿がお誘いしたのですからな、頭領殿の言う通りの人物なら待っていれば来るのでは?』


フェンブルハンツが楽しげにそう言うと


『我輩はお屋方様の命に従うのみであーる』


グルイーヴィヴァンはあざとく忠誠を示す。


「まあ、特にやる事があるって訳でもないしな、アニキにここが見つけられるかどうか、待っててみようじゃないか……何か跳ねっ返りもいるみたいだしな」


『まったく……困ったものであーるな』


『ホッホ、面白いじゃございませんか』


『ケッ、俺を出し抜くたあいい度胸だぜ』


『儂の目を盗むとはな、だがあのシュンとやら、かなりの者だぞ……儂が手傷を負った」


シュンがヘカルベレントに与えた一撃は実は結構効いていた。

マリンカ達を狙ったのも、三人がかりで来られては面倒な事になりそうだったからだ。

だが、その攻撃も防がれてしまった。

正直尋常の者とは思えない身のこなしや、剣の威力だった。


『ほう……旦那に手傷を?』


バーティービジットの目が怪しく光る。


「まあ相手が悪いよな……」


幽霊猟師は呟く。


確かに、シュンをここに招けと命令をしたのは自分自身だ。

だが、幽霊狩猟は畏まった集団ではない。

幽霊猟師の力とカリスマによって統率は取れているが、目に付く妖精や悪人を仲間に引き入れること以外は特に目的もない。 基本的には自由に振る舞えばいいのだ。


『なあ、ボスよお……俺も混ざってきて構わねえかい?』


バーティービジットはシュンに早く会ってみたくなった。

自分達のボスが執心している者とは一体どの様な男なのだろうか。

ヘカルベレントに遭遇しながらも、殺されるどころか、手傷を負わせて撃退して見せるほどの男とは一体……


もちろん、最初からヘカルベレントにはシュンを殺す意図はなかった。

だからと言って、並の者では傷を負わせるなど不可能だろう。


「ダメとは言わねえけど、落ち着けって……待ってりゃ来るんだから」


『……でもよお』


「ちゃんと準備してきてから相手にした方が面白いんじゃねえか?」


幽霊猟師の言葉にバーティービジットも引き下がる。

確かにそうだな、と思ったからである。


「まあ、あとで監視のスペクターにでも詳しく聞こうじゃないか」




『ぐうう、こ……こんなバカな』


スケルトンは自分を見下ろすシュンにその虚ろな眼窩を恨めしそうに向ける。

スケルトンの身体はバラバラにされていた。


「どうだ、ちょっとは喋る気になったか?」


地面に投げ出された頭蓋骨に向かってシュンは言い放つ。


一方的な戦いだった。

エミも手を出す暇がないほどだった。

……仕方がないのでエミはリビングデッドの方を燃やして回っていた。

浄火の魔法である。


フランベルジュから放たれる闇の刃などかすりもせず、盾による防御も反応できなければしようがない。

それほどにシュンの動きは俊敏であり、手に持つ小剣の魔力はスケルトンの予想をはるかに上回る威力を示した。


もとより川底で悠久の時を過ごした魔石から合成した剣だ。

不浄な存在のアンデッドには、自然界の浄化の象徴でもある“循環する川の流れで鍛えられた魔石”によって作られたこの剣は、すこぶる相性は悪かった。


『オイラもよお……幽霊狩猟の一員だあ……舐めんじゃねえぞお……と言いたとこだけどよお、喋りゃあ見逃してくれるのかあい?』


文字通り手も足も出ない状態ではあるが、スケルトンにも奥の手はある。

バラバラにされてはいるが、骨自体は壊れていない。

攻撃を食らいながらも、破壊されない様に自ら骨を外していたためだ。


破壊さえされていなければ、遠隔でも操作をして身体を再構築することが出来る。

シュンに情報を渡すふりをしながら、気づかれない様に身体を治していくスケルトン。


「見逃すはずが無いだろう……情報は吐け、貴様は死ね」


悪人の様なセリフだが、これだけの人数を殺めたのだ。

たとえ犯罪者であったとはいえ、見逃すことなどできようはずも無い。


『へへ、ひでえなあおい……』


その時起死回生の一手は向こうからやってきた。


「きゃあ!」


金切り声が鳴り響く。

見ればそこには首なしスケルトンに羽交い締めにされたシェリルの姿があった。

……やはりついてきてしまっていたのだ。


『おおっとお、形勢逆転だなあ……』


勝ち誇ろうとするスケルトンだったが、すぐに声を失う。


「ピュリフィケーション!!」


虹色の閃光が骨の身体を埋め尽くす。

ミラーナの退魔魔法だ。 光が消えると同時に骨の身体も蒸発する様に煙となって消えていく。


『……』


「で、何を逆転したって?」


ついてきやがったかあいつら……と思いつつも、冷ややかにスケルトンを見下ろすシュン


『ウヘヘ……地下遺跡まで案内しやすぜ旦那……』


スケルトンはアッサリと掌を返した。

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