第四十二話
怒りのぶつけ先はともかくハルの怒りは当然で、発見が早く、犠牲者が出ていないというのが幸いだった。
妖精側に犠牲者が出てしまえばハルも説教どころでは済まさなかっただろう。
「でも犠牲が出なくて何よりだったよ、ハルちゃんのおかげだね」
もし無辜の妖精に犠牲者が出ていたら、シュンとてその様な殺人鬼共に容赦をするつもりは無い。
「フ、フン……褒めたって今回の件は許さないんだから!」
あの様な不届き者の為に謝罪するのは業腹だが、ハルがそれで納得するならとシュンは謝る事にする。
褒めて許されないなら、謝って許してもらおう。
「ゴメン、悪かったよ……あいつらにはこちらで相応の罰を受けてもらうからさ、許してよ」
「……仕方たないですね、この場にはいませんけど、ルーセリーナ様の顔を立てて許してあげましょう」
どうやらシュンは許された様だ。
そもそも怒られる筋合いでも無いのだが、妖精のハルにしてみれば同じ人間と言うだけで同罪みたいなものなんだろう。
「凄いなシュン、妖精に知り合いがいるのか……でもやっぱり対応の差が気になるな」
「何度も言わすな、貴様とは違うのだ」
エミの感嘆と溜息に近い呟きにも、やはりシュンはにべも無い。
「ところでアナタその女は何? まさか……ルーセリーナ様を捨ててその女と……」
「ところでシュン、ルーセリーナとは誰だ、お前の恋人か?」
ハルとエミが同時にシュンに詰め寄る。
やましいことなど何も無いシュンだが、何故か不安定な気持ちになる。
「こいつはエミと言って、今の俺のパーティーメンバーなんだ」
とハルに告げ、エミには
「 貴様にも以前言っただろ、俺の連れだ」
と、ややつっけんどんに言い放つ。
別にエミが嫌いでそうしているわけでは無いが、最初に魔王としてのエミにこういう対応をしてしまったので、今更戻すのもバツが悪いと感じての事だ。
「あやしいですね」
「あやしいな」
ハルとエミの声が重なる。
怪しさなど欠片も無いはずだ、少なくともシュンはそう思っている。
「そういうのはいい、それよりもハルちゃん、今この森が大変な事になってるじゃないか」
ヴォーエンスイエーガーとその首領。
ヒトや妖精をアンデッドにしてしまう悪夢の軍団。
この森の妖精であるハルが知らないはずはない。
「は? 何の話……ああ、ひょっとして幽霊狩猟の事?」
何をのんきな
「やっぱり知ってるんだね、急いで避難しないと……」
……アンデッドの妖精と言うのもイマイチ想像がつかないが、シュンはアンデッド化したハルなど見たくない。
「避難なんてしない、幽霊狩猟なんて言わば魔導災害、災害で森が滅ぶなら共に滅ぶのが妖精の在り方」
ハルは達観した様に潔い事を言う。
「何を言っているんだ! ルーちゃんも攫われちゃったし、事態は深刻だ。 頼むから逃げてくれ、ハルちゃんに死んでほしくないんだ」
『おおっ、メツァンハルティアじゃねえか、コイツァ珍しい』
シュンがハルを説得しようとしていると、嗄れた声を上げる者がいた。
動く人骨、スケルトンだ。
しかしただのスケルトンじゃない。
シェイドウルフに跨り、闇色のマントを羽織って手には波打つ剣と円形盾、さらに頭にマントと一体型のフードを被っている。
「何だ貴様、幽霊狩猟の手の者か!」
シュンが鋭く誰何する。
『おおぅ、オイラも有名になったもんだなあ、こりゃヴォーエンスイエーガーの仲間入りも間近かあ?』
そのスケルトンは飄々と嘯く。
別にシュンはこのスケルトンの事など知らない。
流れ的に、今出てくるアンデッドは幽霊狩猟一味だろうと思って言っただけだ。
それにしても、遭遇するのはアンデッドばかりだ……他の生物は逃げ出しているのだろう。
妖精と違って、土地よりも命が大事というのは生命体として普通だ。
霊的存在の妖精は、生命の捉え方が通常の生物とは違うのだろう。
『つい今しがた十人ちょい仲間を増やしたばっかだってのに、メツァンハルティアまで見つけるたあなあ……こりゃマジでヴォーエンスイエーガーになれんじゃね?』
今しがた? 十人? まさか……
「オイ、シュン! 奴の後ろ……」
エミが驚きに声を上げ、指をさす。
エミが指し示したのは蠢めく死体の一団。
装備や人数からして間違いない、さっき逃がした冒険者達だ。
『オイラたちゃ悪人が好きでよう、いい具合に魂が穢れてたから仲間に入れてやったぜえ』
得意げに語るスケルトン。
手柄を上げたとばかりに大分機嫌がいいようだ。
『そこのメツァンハルティアのついでだ、あんまり趣味じゃねえがお前らも仲間に入れてやんよ』
別に頼んでないのに迷惑な話だ。
「おのれ、貴様よくも……いくら悪人とは言え、人の命を何だと思っている」
エミが元魔王らしからぬ台詞を吐く。
アンデッドに人の命云々言っても仕方ない気もするが……
……この冒険者達の末路は自業自得だ。
彼等は助け出された恩を仇で返そうとしていた。
現在より少し前、ハルの呪縛から逃れる事のできた冒険者十数人は肩を落としながら帰途についていた。
何度も来た森だ、呪縛さえなければ迷う心配などない。
「ふう、危ないとこだった……まさかあんな妖精がいるなんてな」
妖精を襲うと言い出した男が悪びれる事なく独白する……反省の色はない。
「でもよお、これからヤベエんじゃねえか……ギルドにばれちまったら」
「エミちゃんは黙っててくれねえだろうからなあ……」
「コレって犯罪だったっけ? マジでオレらピンチじゃね」
ここに至って、やっと事の重大性に気づいたようだ。
「なあ、こうなったらよ……オレらでエミちゃんを……」
一人が不穏な事を言い出す。
「……そうだな、一緒にいた小僧なんかぶっ殺しちまえばいいしな」
「ウェヘヘ……オ、オレ前からエミちゃん狙ってたんだよ」
「……マジか、犯っちまうのか……ウェヒヒ、いいねえ」
「じゃあどこかで待ち伏せるか」
唾棄すべき下衆の発想だ。
自分たちの数の優位性から、失敗など微塵も考えず邪な妄想に囚われ、彼等には邪念が渦巻いていた。
『おおう、いいねえ……いい生ゴミの臭いだ』
嗄れた不快な声が鳴り響く。
『いいぜえ、お前ら素質があるぜ』
現れたのはシェイドウルフに跨り、フードを被りマントを羽織った武装したスケルトンだった。
「何だ……喋るスケルトンだと?」
「噂の幽霊狩猟の奴か?」
冒険者達は喜色に満ちた顔つきになる。
これを倒して持ち帰れば手柄になるし、喋れるのだから情報を吐かせれば、より大きな成果を得ることが出来るからだ。
上手くいけば、自分らの罪が帳消しになるか、そこまでいかなくてもかなり減刑されるかも知れない。
自分達に都合のいい想像をしがちなのは、こういった手合いの共通した思考だろう。
見れば、全員すでに臨戦態勢だ。
「へっ、飛んで火に入る夏の虫たあテメエのこった」
「スケルトン一匹如きがオレらに勝てるわけねえだろ」
「逃げようったってそうはいかねえぜ」
それぞれから強気な言葉が出てくる。
喋ろうが何しようがたかだかスケルトンだ。 これぞ渡りに船とばかりに、彼等は意気込む。
『おおっ、益々いいねえ、そうやって数を頼みに強気に出る……おいらの手下にピッタリの人材だぜえ』
「けっ、言ってやがれ」
一斉に躍りかかる冒険者達。
『威勢がいいねえ!』
そう言って、手に持つ波打つ剣を横薙ぎに払うと、剣から黒い靄が弧を描くように飛び出す。
「う、うおおおおおっ!!」
それに触れた数人の冒険者は靄に包まれ、叫び声と共に動きを止めた。
「この野郎!」
その隙を別の冒険者がつき、武器の戦槌を振るう。
しかし盾によって防がれると、その盾から棘のような影が突き出しその冒険者を貫いた。
力無く崩れ落ちたその冒険者は、虚ろな目で体に黒い穴を開けたままゆらりと立ち上がった。
蠢めく死体と成り果てたその冒険者は、かつての仲間に襲いかかる。
「な、何い……一撃でアンデッド化だとお!」
さらに、黒い靄に包まれ者達が同じく蠢めく死体となって、これもまたかつての仲間に襲いかかる。
「うわああ!!」
「や、やめろおお!!」
この者達に、アンデッド化したからと言って、仲間に手は出せないなどと言う殊勝な心などない。
ただ、数瞬前まで生きていた仲間がいきなりアンデッド化した事によって動揺し、二人の冒険者が殆ど無抵抗のまま亡者の仲間入りを果たした。
「おいおいおい、何なんだよ……コレは」
「に、逃げないと」
『おおっとお、逃がさないぜえ』
いつの間にか背後に回っていたスケルトンに次々と斬り伏せられる冒険者達。
あっという間の全滅劇であった。




