第三十九話
フッと、力が抜けシュンはその場にへたり込む。
「くそ、力が入らねえ……」
どうやら今のシュンの体には負担の大きい事だった様だ。
シュンはどういう訳かレベルに左右されない実力を持っているが、肉体的にはあくまでレベル十二の十三歳の少年だ。
先ほどの動きはあまりにそれから逸脱していた。
身体中の筋肉が悲鳴を上げ痙攣している。
「シュン君!大丈夫ですか」
マリンカがシュンに駆け寄る。
「待ってて、今治癒をかける」
リアンがシュンの頬の傷に手をかざし回復魔法を掛ける。
すると、多少の痛みは残っているものの、傷が塞がり出血も止まる。
アンデッドの攻撃には程度の差こそあれ呪力が絡んでいて、傷つけられたら自然治癒はしない。
この様に魔法やそれに準ずる手段でなければ傷も塞がらず、出血も止まらない。
シュンの身体に力が入らないのも、出血が多いというのも原因の一つではあるだろう。
シュン自身ただのかすり傷だと思っていたのだが、どうにも結構深かった様だ。
間違いなく完璧に躱したはずだった……ただの槍じゃないのかもしれない。
「シュン君ありがとうございます。 私死ぬかと思いました」
「私も、もうダメだと思った……ありがとう」
マリンカとリアンはシュンとヘカルベレントとのやり取りに何やら因縁めいたモノを感じたし、“あの方”とやらとも既知であるかの様な印象を受け、シュンの存在に何か不気味なものを感じていたが、それでも命を救ってくれた仲間である。 感謝の意ぐらいは素直に伝えたいと思った。
「ああ……まあ気にするな。 二人とも無事でよかった」
少々気不味いシュン。
さっきからウッカリ口を滑らせっぱなしだ。
首無しアンデッドにハゲハゲ連発してしまったし、明らかに知っている相手との会話風だった。
何かを言いたそうにするマリンカとリアンの二人だが、口を開く前に茂みから飛び出してくる存在があった。
「大丈夫か!敵はどこだ」
エミだった。
「遅えよ、もう逃げられた」
遅れてやって来たシェリルとミラーナも意気は高い。
「みんな無事?もう大丈夫よ!」
「シェイド如き私の退魔の力の前には風前の灯ですわ!」
意気は高いが緊張が見て取れる。
「リル、ミラ、安心して下さい、もう敵はいないです」
「……シュンが追い払ってくれた」
そう言う二人の顔には安堵が窺える。
やはり仲間が揃うと安心感もひとしおなのだろう。
「さすがだな、シェイドイクワイン程度ではお前の相手にはならんか」
確かにエミの言う通りだが、本当にそれだけだったら追い払うどころか、一体も逃さず全滅させていたであろう。
「エミ、あなたの言う通りだった……それどころじゃないのが出た」
「そうですね、エミが言った通り今回のはヤバイ案件です」
「何をおっしゃいます、どんな相手であろうがアンデッドである限り、この私の前から逃れる事などできませんわ」
二人の意見に退魔師の矜持が揺さぶられたか、ミラーナがあまり自慢できるほど豊かではない胸を張る。
「いや、物凄いのが出たんですよ! なんとデュラハンです、しかもタダのデュラハンじゃなく、なんかシュン君がドッペルゲンガーとか言ってました」
「私の退魔草では怯ませる事すら出来なかった」
リアンが悔しそうに言葉を零す。
「ま、まあリアのスキルは一時的な効果ですから……って言うか何ですの? そのデュラハンでドッペルゲンガーと言うのは」
ミラーナにはマリンカの言っている意味が分からない、デュラハンはデュラハンだし、ドッペルゲンガーはドッペルゲンガーだ。 それぞれ別のアンデッドなのだから。
「ひょっとして……敵の首魁が出てきたの?」
「いや、その手下みたいだった」
「さらに似た様なのが他にもいるっぽいんです」
シェリルの意見は決して的外れではない。 ヘカルベレントはそれだけの相手だった。
しかもマリンカの言う通り“ヴォーエンスイエーガーが一人”と言っていた。
つまり“ヴォーエンスイエーガー”とやらがまだ他にもいるという事だ。
果たしてそれもシュンの知る者なのだろうか否かは定かではないが、呪いの根源がトリストラムにあるのだとすれば、その可能性は高い。
シュンとしては頭の痛いところだ。
「ちょっとあなた、どういう事ですの? デュラハンなのかドッペルゲンガーなのかはっきりしてくださる?」
「そうですよシュン君! 何なんですか、なんか知り合いっぽかったですけど、どいう事ですか? あと知り合いが攫われてるみたいでしたけど、アンデッドが誘拐なんて聞いた事ないですよ」
「私も気になる。 あなた何者? シュラートって何なの」
ミラーナたちからの追及に、シュンはどうしたものかと思い悩む。
別に自分の正体の事など隠す必要はないが、それを言ってしまえばシュンと知り合いであるエミが今度は何者だ、という事になってしまいかねず、魔王の記憶を受け継ぐ者などという不名誉な事実を白日のもとにさらしてしまうという事になるかもしれない。
それは少々気がひける。
いくら魔王とは言え、今はその記憶を持つだけの少女なのだ。
今後のエミの人生に関わるほどの汚点である。
内緒にしておいてやるのが人情というものだろう。
などとエミ(フューデガルド)が聞いたら怒りそうな事を考えつつ、どう誤魔化したものかとチラとエミを見やるが、『?』みたいな顔をしている。
シュンが何に思い悩んでいるか見当がついていない様だ。
ばらすぞコラ……一瞬シュンの脳裏にこの様な考えがよぎったのは仕方ない事だろう。
もっとも、そんな大人気ない事はしないが。
「ちょっとみんな落ち着いて……いろいろあるみたいだけど一度キャンプに戻りましょう」
さすがはリーダー、シェリルが場を一旦落ち着ける。
「ここで起こった事の報告と……シュンの言い分をじっくりと聞きましょう。」
場所を変えて、ゆっくりと尋問しようという事らしい。
シュンとしては、ルーセリーナが捕らえられているかもしれないと言うのにのんびりしていられない、すぐにでも助けに行かなければと思うものの、ヘカルベレントクラスのものが複数にその親玉までがいるとなればこのまま無鉄砲に突っ込んでいくわけにもいかない。
それに捕らえられているという事は、少なくともこちらが行くまでは危害が加えられる事はない様にも思う。
心細い思いをさせてしまうかもしれないが、万全を期してから突入する事が結果的には一番だろう。
「ああ、分かった……なんでも聞いてくれ」
シェリルの意見に従う事にしたシュンは大人しくキャンプに戻る。
どう誤魔化すかはその場しのぎで考える事にする。
万が一バレて、エミの立場に問題が生じたとしたら……まあ責任ぐらいはとってやろう。
キャンプに戻ると、既に何人かの冒険者も戻ってきている様だったが、出発時に比べて雰囲気が重い。
「何かあったの?」
シェリルは嫌な予感がしたが、努めて平静に訊ねる。
「ああ、リルちゃん……」
意気消沈の冒険者の一人が気怠げに言う。
「仲間が……殺られた……俺以外、全員……」
彼の仲間だけではなかった。
現在確認されているだけで、十一人の冒険者が幽霊狩猟の犠牲者となっていた。




