第三話
『記憶を無くして彷徨っている時に、身体を洗おうと水浴びをしていたら何故かこんな所に召喚されてしまった。』
そんな、今考えた説明を信じた彼らはシュンを街で保護してもらおうと言いだし、連れて帰ることにした。
ちょっとアレだが、良い人たちではある様だ。
この場所は観光地になっていて、街道と言うほどではないが森を抜けるには十分な道があった。
ただ、あまり整備されているとは言えず他の人の姿も見えない事から、おそらく不人気スポットなのだろう。
(まあ、いいんだけど……さ。)
「いやー、それにしても災難だったね。」
他人事だと思って快活にそう言う白銀の鎧を着たこのルースという男、パーティーでの役割は、戦士で攻撃の要でリーダーらしい。年齢は二十二歳。
「記憶喪失で所持品も何も無しとは難儀なことだ。」
若干台詞が気障っぽく、ぶっきらぼうな長身痩躯のヴォルは魔導士で、後方支援がその役割らしく、攻撃魔法は使わない主義なんだとか……難儀だな事だ。年齢はこれも二十二歳
「ホントに大変ね、家族の人達もきっと心配してるわ。」
長い髪のリーリスさんはサブの前衛で武闘家という話だが、本人曰く『武器も使えるんだけど、重いの嫌いなのよ。』との事。
パーティーの財布係も担っているそうだ。年齢は二十歳
「覚えているのが名前だけっていうのも厳しいですね。」
緑ローブのパティナちゃんは森信仰の祭司見習いで、治癒士だ。
『聖火の巫女』とやらの座を懸けてライバル達と競っているらしく、冒険者として経験を積んでいるのだと言う……巫女に冒険者の経験が必要なのか甚だ疑問だが……まあ回復魔法の経験値は上がりそうだ。年齢は十五歳と随分若い
彼ら彼女らは『ティーシェン』と言う都市を拠点に活動しているらしいが、今向かっているのは一番近くの街である『バージ』と云う所らしく、日が沈む前には着くだろうという事だった。
果たして身元不明のゴスロリ少年が、街に行って『保護して下さい』と言ったところで相手にしてもらえるか不安な所だ。
ルースが『まあ、俺に任せておけ』と言うので任せてみるが、不安度はあまり変わらない。
一切の所持品がないというのも不安の一助となっている。
このゴスロリ服だって借り物だ。
この服を返すには、新しい服を手に入れなければならない。
お金が無いので買う事はできないし、追い剝ぎをするわけにもいかない。
考えれば考えるほど問題が出てくるが……あのまま謎の封印空間に閉じ込められているよりはマシだ。
何事も前向きに考えればきっと良い事もあるだろう。
「それな!」
どれだ?
ああ、名前しか分からないって話の事か。
「これからどうするにしても、まずは身分証明が必要だよな。」
ルースが至極まっとうな事を言う
「そりゃそうだろうけどさ、どうすんのよ。」
リーリスも当然の疑問を投げかける。
「もちろん……作るのさ。」
「ルースさん、貴方まさか……偽造するんですか……。」
さも当然の事のように言い放つルースに対し、『ダメ!絶対』という感のあるパティナ。
「フッ、兄弟揃って犯罪者か。」
ヴォルは既に犯罪者を見る目になっている。
よりにもよってあの兄と一緒にされるのはルースとて不愉快だろう。
「違う!人聞きの悪い事を言うな。」
「アンタが悪い事言うからでしょ。」
「だから偽造じゃない!」
「ひょっとして、どこかで発行しもらえるってのか?」
シュンも気になって聞いてみる。
「そう、それ、発行!」
「身分証の発行って、まさかルース」
「この子供を冒険者にする……と言うのか。」
「古今例が無いわけじゃ無い。」
「俺を……冒険者に?」
「それが一番良い手段だと思うんだ。」
ルースは自信をのぞかせてそう言うと、根拠を語った。
「確かに彼の境遇は大変なものだ、だから街で保護してもらえたとしても、それで解決できる様な事じゃ無い。」
街で保護してもらおうと言ったのはお前だが。
「まずは彼……シュン自身の立場をここで一度確立しておきべきだと思う。」
「それが冒険者なんですか?」
「そうだ、冒険者の身分証……冒険者カードは少なくとも各地のギルドに於いては十分に効果がある。」
冒険者と言えば聞こえは悪く無いが、元々それは各地の遺跡などを盗掘していた食い詰めもの達が自称していたものだった。
彼らは殆ど野盗と区別がつかず、また実際野盗まがいの事も行っていたのは事実で、人々からはただの住所不定の風来坊とか、ガラの悪い旅人とか、流浪の無職とか色々言われ、あまり歓迎される様な人種ではなかった。
しかし、ある時から各地を巡りながら人助けをしている冒険者の噂が複数聞こえる様になると、人々の見る目も徐々に変わりだした。
さらにその後、とある辺境伯の治める領地にモンスターの大群が押し寄せるという事態が発生し、辺境守備軍の初動の遅れも手伝い大惨事が起こる直前、手を組んだ多数の冒険者達の活躍によりモンスターを撃退する事に成功した。
そしてその冒険者達の有用性に目をつけた領主の伯爵が、冒険者を纏め上げる組織を発足させた。
これが今の冒険者ギルドの始まりとなった。
そして、ただのならず者と区別をつけるために冒険者の証明として特殊な証明書を作成した……それが冒険者カードと呼ばれるものだ。
ギルドに登録し、冒険者カードを持たない者は原則的に冒険者とは呼ばないのだ。
「その冒険者カードとやらは俺でも作れる物なんだろうか?」
「それは多分大丈夫だ、情報魔術という魔法で本人の個人情報の内、最低限の項目をカードに記すから嘘はつけない、だから信用度も高いってわけさ。」
何といういやらしい魔法だろうか。
「え!?個人情報を抜き取るのか?……怖い話だな。」
シュンからすれば個人情報にうるさい世界にいたのは体感で十年そこそこ前の事なので、魔法で個人情報を覗き見されるという事には抵抗がある。
「でもシュン君は記憶が無いんだから、魔法で情報を抜くのは無理なんじゃ無いかしら。」
「確かに、あの魔法は本人の記憶を読み取る事で、嘘の申告ができない様にする類のものですからね。」
それはちょっとまずく無いだろうか。
実際にシュンは記憶喪失などではなく、そう言う設定にしているだけなのだから、魔法なんかで読み取られたら色々バレてしまう。
別にバレても構わない気もするが、今更過去の勇者でしたと言うのも恥ずかしい。
「そう、それでだ、今ここでシュンには設定を作ってもらう。」
「?」
全員が『え、何この人?』みたいな顔でルースを見る。
無論シュンもだ。
「カードを発行してもらうためには、名前と年齢、出身地を自分で記入するよな。」
シュン以外の面々が頷く。
「その後で記入に嘘が無いか魔法で確認する……この時に犯罪歴やステータスも判明する。」
ステータス?何だそれは……と思うシュンだったが、一先ず説明を聞いてから質問する事にする。
情報魔術と言うのも初耳だったし、この話にちょっと興味が出てきた。
「だから年齢と出身地を適当に決めて、それをシュン自身に思い込ませるんだ。」
「……そうか、記憶が無いから魔法を使おうともそれ以外読み込め無い………という事か。」
ヴォルは腕組みしながらしきりに頷いている。
「そんなの上手くいくのかしら?」
と、心配げなリーリス。
「いえ、意外な抜け道かも知れませんよ?」
対照的にパティナは感心する。
……それは不正発行というんじゃ無いだろうか。
確かに偽造では無いかも知れないが、限りなく黒に近い気がする……と言うかその制度ザルすぎるだろ。
どのみちシュンは実際には記憶を失っていないため、その手でいける気がしないが。
普通にやってしまったら『出身地:日本、年齢:二千二十八歳』とか出てきてしまい、かなりおかしな事になってしまう。
それこそ『やっぱり魔王だったのか!?』とかになってしまいかねない……特にルースあたりに。
「そうやって身分証を発行してもらってから保護を求めるんだ、バージの街にどんな施設があるのか分からないけど、そうすれば最悪でも冒険者として身を立てることもできる。」
「おい……こんな子供に本気で言ってるのか?」
ヴォルの疑問ももっともだ、なにせシュンは彼が見たところ、十歳かそこらにしか見えない。
「別にモンスターと戦ったり、ダンジョン探索ばかりが冒険者の仕事じゃない。 それにこれは最悪の場合を想定しての事だ。」
シュンは素直に感心した。
このルースという男、第一印象ではバカっぽい感じだったのに、意外に考えている。
さすがはリーダーと言ったところか。
「そう簡単に記憶が戻るか分からないですから、生活基盤を作っておくのは悪いことじゃ無いですね。」
「でもさ……その、冒険者カードもタダじゃないわよ?」
さすがは財布係。
「どうにも……うちの兄さんが原因だからな、俺がそこは支払っとくよ。」
ルースも責任を感じていた様だ。
結構律儀な所があるなと、シュンはルースの事がちょっと気に入った。
「いやルース、さんが気にする必要はないよ。」
「いや、ここは俺に責任を取らせて欲しい。」
すでにシュンは怪しい気配に気付いていた。
「じゃあ、ちょっとお手伝いをするので……その報酬って事で!」
振り向きざまに何もない空間を殴りつけた……十分に手加減をして。
『プギュゥェェ?』
奇怪な叫び声を上げて目に見えぬ襲撃者がよろめく。
よく目を凝らして見るとうっすら輪郭がみえる……二足歩行の爬虫類みたいだ。
「なっ!まさか!」
「インヴィジヴルレプテルよ!まだ後ろに三匹!」
保護色と言うよりは殆ど光学迷彩みたいな能力で風景に擬態するモンスターだ。
「不可視の鎧よ、プルーラルプロテクション!」
「かの者を戒めよ、ウィッカーホールド!」
ヴォルとパティナが即座に呪文を唱える。
ヴォルが使った魔法は複数人への防御魔法で、物理ダメージを20%ほど抑える効果があり、パティナが使った魔法は編み込まれた蔦で敵単体の動きを阻害するものだ。
「せあああっ!」
シュンが殴りつけたインヴィジヴルレプテルが体勢を立て直す前に、ルースが袈裟斬りにする。
上手く急所に当たった様で、一撃で仕留める。
その横を素早くリーリスがすり抜け、直後にいるインヴィジヴルレプテルに前蹴りを食らわせ、後方を巻き込んで転倒させる。
「ルース!」
「分かってる!」
二匹がもつれている間に、ルースの斬撃がパティナの戒めにかかっている一匹を、これも一撃で仕留める。
「スラッシュナックル!」
起き上がり様にリーリスの拳撃で首を刎ねられるインヴィジヴルレプテル。
しかし振りが大きく隙ができてしまう。
そこを目掛けてインヴィジヴルレプテルの口らしき所から舌らしき物が飛び出してくる。
「おっと。」
そこへ割り込んだシュンが、ルースの斬撃でバラバラになった蔦の一部を素早く拾い上げ、鞭のようにして透明の舌に絡ませる。
(まあ、あくまでお手伝いだからな。)
「上手いぞシュン!」
ルースが剣を振りかぶる。
「ヒールハンマー!」
しかしそれよりも早く、とんぼを切ったリーリスの強烈な踵落としによって最後のインヴィジヴルレプテルは絶命した。
「……アタシの獲物でしょ。」
ルースが剣を振りかぶったままの体勢で固まっている。
(やだ、このお姉さん怖い。)
シュンは鮮やかな手並みに感心するとともに、リーリスの壮絶なる攻撃力にちょっと恐怖した。
そもそもこのインヴィジヴルレプテルという魔物は、姿を消すという事以外は余り脅威度は高くないので、シュンが奇襲を潰した時点で勝敗は決していたのだが、それにしても手際が良い、まさに瞬殺であった。
「おい、凄いじゃないか!良く分かったな。」
「まあ、アレだけ近くに接近されればね。」
「と言っても、背後を取られているにもかかわらず……。」
「そうですよ!後ろにいるインヴィジヴルレプテルなんて脅威の塊です!」
「アタシでも気付かなかったのに……良い勘してるわね。」
「大した事はない、ただなんか生臭かったから嫌な予感がしたってだけだ。」
そう言いながらも、自分の現在の実力をシュンは実感していた。
(二割も無さそうだな。)
トドメは任せようと思い手加減をしたが、本当は後ろのインヴィジヴルレプテルも巻き込んで転倒させようと目論んでいたのだが、よろめかせるに留まってしまった。
全盛期の全力パンチなら魔族だって裸足で逃げ出すほどだった。
一応記憶喪失設定なので魔法とかは使わないほうが良いだろう……いや、一つ試せそうなのがある。
「やー、シュン君凄いよ!気付いたのもそうだけどあの透明の舌に蔦を絡ませるなんて普通出来ないよ、ありがとう!」
感極まったのか、助けられたリーリスがシュンに抱き付く。
女性にくっつかれる事には慣れていないシュンだったが、逆らわないでおく。
「私より年下とは思えませんね。」
パティナはちょっと悔しそうだ。
本当は圧倒的に年上なので少々申し訳なく思う。
「いやあ、まあ……ひょっとしたら俺何かやってたのかも知れないなー。」
スッとぼけるシュン。
「フッ、意外に冒険者も向いているのかも知れないな。」
ヴォルが腕組みをしながらしきりに頷いて言った。
彼の放った防御魔法も今回は無駄に終わってしまったが、それがあるからルースもリーリスも敵陣に飛び込めるのだから、十分に意義は果たしたと言える。
良いパーティーだ。
「よし、じゃあシュン、君を臨時にパーティーのメンバーとして雇いたい……どうだろうか?」
ルースが一同を見渡すも、異論は無いようだった。
シュンは自分の意図を正確に察してもらえた事に満足し、今日初めての笑顔で答えた。
「よろしく頼むよ。」




