第三十八話
間違いない、奴はあいつの……ジェスティースの影だ。
その魂を呪いで鎧に定着させでもしたのだろうとシュンは推測する。
”禿頭の神聖騎士ジェスティース” 彼の神聖魔法は数多の魔族を屠り、その倍以上の人々の命を救った神殿勢力の筆頭騎士だ。
気高き高潔な騎士で勇名を馳せた男だが、シュンから見たジェスティースは、毛の無き高血圧のジジイで嫁に逃げられたという印象の方が強い。
いつもいつも酔っ払っていたし、事あるごとに絡んできて人を子供扱いして、嫌味と小言ばかり言いやがって、そういや魔族に殺されかけて心が折れそうになった時に力一杯ぶん殴ってくれた事もあったな。 まだガキだった俺を労わるどころか頭が割れるかと思った。
まあ、回復魔法をかけてくれたのもあのジジイだったし、ランと喧嘩した時に仲介してくれたのもあのジジイだったな……二人揃って殴られただけだけど。
何だかムカついてきたな。
今のシュンは姿は子供で能力も落ちているが、中身は二千年前と同じ状態に近づいている。
この記憶もつい昨日の事のように思い出された。
「あのジジイの……ドッペルゲンガー……」
普通の霊体、幽霊や怨霊、亡霊などならまずこんなに喋らない。
その様な知性は失われている。
リッチであれば可能だろうがこんなゴツい鎧のリッチなどいない。
デュラハンにしては首を持ってない。
ドッペルゲンガー、つまり人間の影……魂だ。
人間には二面性があるもので、その内の抑圧された性質の魂が本体から分離し、影となりこの世に現れる生き霊で、実態すら持つ故に本人の衰弱は激しい。
魂の根っこは同一な為、どちらかの消滅はその者の死を意味するので、その結末は死だ。
だが、それとはまた別のケースもある。
それは、強力な呪力を持つ者がその呪いにより無理やりに魂を引き剥がし、影の存在を作り出したケースだ。
また、シェイドも同じようなモノで、生者の魂が影となり彷徨うモノだが、ドッペルゲンガーには自我がある。
そして後者のケースのドッペルゲンガーは呪力にあてられ邪悪なる性質を持つ。
『フン、ワシの正体を見抜いた所でどうする、童の攻撃なぞで倒せると思うておるのか』
先程の攻撃は意表をついたというだけで、大してダメージにはなっていない様だった。
「倒す手段ならあるさ、ちょっと勿体無いけどな」
シュンには奥の手があった。
一回しか使えないが、ジェスティースを冥府に送れるのなら安いモノだ。
『なかなかに面白い童よ、どうするつもりだ」
だが、この手段を使う為には奴の隙が必要になってくる。
ジェスティース、いやヘカルベレントはその隙を見逃すまい。
「退魔草!」
リアンの叫び声とともにヘカルベレントの足元に退魔の輝きが発生する。
シェイドイクワインを倒したリアンのスキルによって作り出されたその輝きは、しかしヘカルベレントには何の痛痒も与えなかった。
『小娘が、ワシの邪魔をするか!』
「そんなの知ったっこっちゃありません!」
小型の弓を取り出し、構えながらマリンカが答える。
「仲間と力をあわせる、それが冒険者」
肩で息をしながらリアンがヘカルベレントを睨み付ける。
どうやら二人とも恐慌状態からは回復した様だ。 しかしマズイ、シュンは急ぎ二人の元へ駆ける。
『この木っ端どもが』
ヘカルベレントがリアンに向かって拳を突き出す。
……間に合うか?
「ディスタントエナジードレイン」
離れた相手から生命力を吸い取る能力だ。
リアンは消耗から回復しきっておらず、回避は難しい。
「ぬおおおお!」
間一髪でリアンを抱え地を転げるシュン。
さらにヘカルベレントはマリンカも狙っていた。
その頭上に巨大な槍が迫る。
「させねえよ!」
シュンはリアンを離し、転がる勢いのまま地を蹴り跳躍。
小剣を振り下ろし槍を上から叩いてその軌道を変え、槍の照準を外す。
『ム!』
さすがのヘカルベレントも体勢を崩すが、器用な脚さばきで隙は作らない。
それにしても並外れた技量である。
生前の技の冴えは健在の様だ。 でも……とシュンは気づく。
今の攻撃は変だと。
あれほどの槍を持っているのであれば、横薙ぎに払えばリアンもマリンカも一纏めに始末できたはずだ。 それを防ぐ手段は今のシュンには無い。
そんな判断ぐらいつけられそうなモノだが、何故かわざわざスキルだか魔法だかを使い、時間差をつけて槍を振り下ろすという予備動作の多い技を繰り出した。
技そのものは見事ではあるが、その選択が不可解だ。
アンデッド化した際に脳でも腐ったとかなら楽なんだが、と楽観したいシュンだが、当然影に脳なんか無い。
……ん? 脳が……無い?
『ほう、童よ……コレを防ぐのか』
ヘカルベレントは素直に驚いている様だ。 特に何かを試したという感じは受けない。
「なるほどな、どうやらお前はあのハゲじゃ無いらしいな」
『……何を言っている?』
魂を無理矢理引き剥がし呪力で染め、愛用の鎧に凝着させる事で生前の技を再現させているのだろうが、攻撃に思想が無い……ストーリーがないのだ。
望む結果を生むための起承転結が攻撃方法に無い。
どうやら頭が無いのは別にファッションではなく、ジェスティースの最期の、死してなおの抵抗だったのだろう。
単純な力技など恐れるに足りるモノでは無い。
さらに呪力によって保たれている魂などただの紛い物だ。
“ジェスティースではない”のだ。
『フム、どうやら邪魔が入りそうだな……だが童の力は承知した」
「まさかとは思うが、恐れをなしたか? この俺に」
挑発するシュン。
邪魔が入りそう、と言うのはきっとエミ達が駆けつけているのだろう。
アイツと二人掛かりなら負ける気はしない。
『フン慌てるな、森の地下にある遺跡で待っているぞ……小さきシュラートもな』
小さき……まさかルーセリーナの事か?
シュンの心に初めて焦りが出る。
「おい!貴様どういう事だ!」
『ヴァッはっは、来れば分かる』
そう言い残し、アンデッドの群れは地面に吸い込まれる様に消えていった。
「オイコラ 待てこのハゲ! ルーちゃんに手ェ出したらあの世まで追っかけてって全身の毛をハゲにしてやんぞ‼︎ 」
シュンの罵声は森の中へと吸い込まれていくばかりだった。




