第三十七話
シュンの作った小剣は魔石を融合させているので、魔力を帯びている。
どの程度アンデッドに通じるかは未知数だが、そこらの店売りの剣を比べればマシなはずだ。
囲まれてはいても包囲陣は歪だ。 リアンが倒した奴がいた所が一番近いので、その周辺にいるシェイドイクワインに肉薄する。
エミも驚いたシュンの神速の歩法は、シェイドイクワインに反応出来るものではなかった。
足元に潜り込み膝の屈伸で腰を落としてから切り上げる。
胸元を裂かれたシェイドイクワインはその裂け目から四散する。
そのまま飛び上がった状態から体を捻り、巻き付けるように小剣を今度は斬り下ろす。
隣のシェイドイクワインの首が撫で斬られ、同じ様に四散する。
着地したシュンはその勢いのまま地面を転がり距離をとる。
手にした小剣を確認すると、結構本気で振るったにもかかわらず損傷は見られない。
強度は十分な様だ。
見た目は影でも結構な手応えがあった。 幽体の魔力と剣の魔力による衝突の為だろう。
魔力同士の衝突といえど剣にもダメージは入る。
それに耐えているのだから、久しぶりの武器作製であっても腕は錆びてないなと、安心するシュン。
合わせて三体を倒したが、敵の陣形に狂いはない。
数が多い為、すぐに穴を埋めてきた。
だが一斉に襲い掛かってくるという事はなく、ジリジリと詰め寄るのみだ。
本来、シェイド系のアンデットは肉体を持たない霊体なので。動きが鈍いという事はない。
一体狙いはなんだろうか。
数的優位な方が包囲するだけで襲い掛かって来ない理由……俺たちを逃さない為?
ならば敢えて乗ってやってもいいが、今はマリンカとリアンがいる。
二人の安全が優先、とシュンは判断し突破口を開く事にする。
「二人とも、俺の後を遅れるなよ」
頷く二人。
マリンカもリアンも敵の狙いは分かっている。
どういう訳か自分達をここに足止めしようとしているみたいだ。
援軍を頼んだこちらとしては時間稼ぎが出来る状況だが、敵の策に乗ってしまっては合流する事が裏目に出る可能性もある。
シュンの戦闘力にも瞠目したが、瞬時に判断を下すその決断力はとても年下のそれとは思えない。
一体どの様な人生を送ればこの年でそんな実力を培えるというのだろうか。
改めてシュンの能力の高さを認識させられる。
そしてシュンが一歩を踏み出そうとしたその時。 前方のシェイドイクワインが左右に分かれ道を作った。
シュン達に逃げ道を作ったわけでは勿論ない。
その道からひときわ大きなシェイドイクワイン……いや、シェイドスティードと言うべき見事な体躯の影馬が現れた。
そしてその背には騎乗する者がいた。
シェイドスティードに負けず、その馬体を御すに相応しい巨軀を持ち、フルプレートアーマーを着込んだ騎士だった。
……だがその騎士には首から上がない。
「まさか、デュラハン」
「お、大物じゃないですか」
マリンカとリアンの顔に恐怖が貼り付けられる。
だが手に持つのは頭ではなく巨大な槍だ。
「なるほど、こいつらは貴様を待ってたって訳だ」
『ワシはヴォーエンスイエーガーが一人、ヘカルベレントである』
首から上が無いという事は当然口も無い。
にもかかわらず、どこからとも無く声が鳴り響く。
『童よ、ヌシがシュンと申す者か?』
自分の名前を呼ばれ、僅かに眉をひそめるシュン。
『あのお方が貴様に会うと申された。 だが果たして貴様にその資格があるのか否か……このワシを相手に証明してみせるが良い』
一方的な通牒だった。
「フン、貴様……奴の手下か。 勝手な事を言いやがるな」
「シュ、シュン君?」
「何、知り合い?」
マリンカやリアンが恐怖に支配されながらも不安そうに聞いてくる。
「いや、俺にはあんな首の無いハゲジジイに知り合いはいない」
「……いや、ハゲて」
しまったウッカリ。 シュンは口を滑らせた。
彼女らにはなるべく正体を知られたくは無いのだ。
実の所の見当はついている、多分知り合いだ。 あのハゲまでアンデッドになっているとは……シュンはトリストラムを激しく恨む。
あの巨軀にあの喋り方にあの鎧。 かつての仲間である事に間違いなさそうだ。
『童よ、貴様の力を示して見せろ』
「俺は正直貴様みたいな面倒な奴の相手はしたくない。 したくは無いが仕方ない……引導を渡してやるよ」
この様な姿で彷徨い続けるなどあまりに不憫。
あの戦争の英雄の一人に相応しくない。
『うむ、かかってくるが良い』
今迄も別に手を抜いていた訳ではないが、どこか慢心があった。
そこらのモンスターに遅れをとる訳はないと。
しかしこの相手は違う。 正真正銘の強敵だ。
名をヘカルベレントなどと言っていたが、どうやら生前の記憶はない様だ。
心を研ぎ澄ませる……二千年前のあの時の感覚を呼び起こす……右も左も敵だらけ、上には神々下には骸、過去は惨劇未来は悲劇、生きるは地獄で死は救い、あの世とこの世の境目無く、殺し殺され血まみれ街道。
鮮明に想い起こされる過去の記憶に、感覚が蘇ってくる。
「それじゃ遠慮無く」
例の神速歩法で間合いを詰める。 さらにフェイントも混ぜる事で刹那の幻惑を見せる。
『むうっ!』
ヘカルベレントが呻く
「大人しく冥土へ帰れ!」
フルプレートの継ぎ目に剣が差し込まれる。
すぐさま引き抜き、継ぎ目にという継ぎ目に剣を間断なく突き刺していく。
マリンカ達の目に追える動きではなかった。
シュンは剣を抜く反動とヘカルベレントの巨軀を利用して、鎧を掴み、蹴り、滑りながら纏わり付いて攻撃を続ける。
一息にそれを行ったシュンは息を継ぐと同時にヘカルベレントの背を蹴り離れる。
手応えがない。
シェイドイクワインを切った時の様な衝撃を一切感じなかった。
『フン、少しはやる様だな。 だがワシには効いておらんぞ童よ」
何だ、あいつの身体はどうなっている?
シュンは不審に思う。
効く効かない以前の問題だ……中身が無いとしか思えない手応え。
『ワシの槍受けて見せい!』
唸りを上げながら怒涛の如き突きが繰り出される。
その突きを紙一重の見切りで躱すシュンの頬が裂け鮮血が散った。
槍の纏った衝撃波か、それとも魔力的な何かか?
だがシュンは構うことなくカウンターで斬りつける。
今度は鎧の部分にだ。
ギギィィン!
耳をつんざく嫌な音が鳴り響く。
『ぬぬううっ』
今度は効いたようだ。
「フン、そうか……貴様もシェイド、いやドッペルゲンガーか」




