第三十六話
マリンカは注意深く辺りを観察しているが、シュンの思考は別の方向に向いていた。
そもそも、モンスターの生態系はどうなっているのだろうと。
今更な話だし、そのくらいは、この時代の人々も研究や経験則で把握しているだろうと思うが、こうしてその痕跡を探るにはそういった知識が不可欠だ。
マリンカは野伏と言うからには、実家が狩人という可能性が高い様に思う。
野生の獣とモンスターでは、例えばオオカミにしても違うのではないだろうか。
さらに言えば、ブリーデングウルフとシェイドウルフだって同じオオカミ型と言ってもまるっきり違うモンスターだ。
シェイドウルフはそもそもアンデッドだ。 オオカミ型の影みたいなモンスターに痕跡などあるのか?
となると辿る痕跡は魔力しかない。
そんな調べ方をした事がないから可能なのかは分からないが、残留魔力とかそう言った都合のいいものがあれば、探知魔法などで調べる事は出来ようが、それは魔術師の仕事だろう、ヴォルなんかが得意そうだ。
「マリンカは何を調べているんだ」
邪魔かもしれないが、そんな質問がシュンの口を突いて出る。
「マリでいいですよ、まあ何っていうか……もしアンデッドが通ったなら、下草なんかが不自然な枯れ方したりしますからね」
凄い、シュンは素直に感動した。
そうかなるほど……アンデッドのエナジードレインは常時発動型だから、抵抗力の低い雑草などはそれだけで枯れてしまったりする訳か。
そこまでの発想はシュンにはなかった。
なまじ強力な魔法を使えていたばっかりに、力技ばかりで押し通してきたからだ。
「さすがにブリーデングウルフは知能も高いから、あまり痕跡は残さない」
リアンが後を受ける。
「アレって頭いいのか?」
シュンはただ臆病なモンスターと言う認識しかない。
今のシュンならともかく、昔のシュンに大胆に仕掛ける事ができるのは余程の強者かバカだけなのだから、印象としてそうなってしまうのも無理はなかったのかもしれない。
「……まさかあなたが倒したモンスターって」
「シッ、ヤバイです」
リアンがシュンを問い詰めようとした所で、マリンカが鋭く制止する。
前方にウマの様な形をした影が唐突に現れた。
いや、唐突というと正確ではない。 うっすらと黒い靄がかかったかと思ったらウマの形に凝縮されていったのだ。
シェイドイクワインだ。
「ヴィィィ、ヴィヒヒィィン」
静かにいななくシェイドイクワイン。
「ヤバイですよ、まさかいきなり出くわすなんて……私としたことが」
「幽霊狩猟のアンデッド……一体のはずがない」
マリンカとリアンが警戒し緊張する。 そしてその通りだった。
「そうだな、囲まれている」
シュンは辺りに漂う死臭に、かなりの数のアンデッドに囲まれた事を悟る。
「参りました、ただの探索だったのに」
「最悪こうなる事も想定していた」
「お、何かいい案でも?」
マリンカの愚痴にリアンの覚悟、そしてシュンが軽口を言っている間にもシェイドイクワインはこちらを遠巻きに囲みつつも、ヴィヒンヴィヒン言いながらジリジリと距離を詰めている。
統制されたアンデッドという感じだ。 幽霊狩猟の一味で間違いないだろう。
「マリ、エミ達に連絡」
「分かってます……『鶫の遠声』」
マリンカのスキル〈鶫の遠声〉は森林内でしか使えない遠隔会話の技能だ。
任意の者に一方通行ではあるが声を伝える事ができ、その声は他の者には聞こえないという技能である。
(シェリル、シェイドイクワインの大群に囲まれました、大至急救援を願います)
リアンはマリンカが連絡を取っているのを確認し、シュンに答える。
「みんなが来るまで頑張って持ちこたえる」
「……そりゃ名案だ」
言いながらシュンは剣を抜く。
別に皮肉で言った訳ではない。 シュンの趣味にあった意見だったからそう言ったのだ。
「ちょっとは働きなさいよ」
リアンはムッとしながらシュンの方は向かずに言う。
「分かってるよ」
むしろシュンとしては望むところだ。
今までは本当に何もしていなかった。 勝手のわからない探索行に感心しているだけだった。
だが、こういった荒事なら得意分野だ。
なんせただ倒せばいいのだから……そんな事には慣れている。
「簡易錬薬『退魔草』」
リアンが何やら聞いたことのない錬成を始めた。
錬金術ならシュンも嗜んだ事があるが、簡易練薬とは?
リアンが適当に拾った石を一番近くにまで迫ったシェイドイクワインの足元に投げる。
すると、その足元の枯れかかった草が退魔の輝きを放ち、一体のシェイドイクワインを消滅させる。
リアンのスキル〈簡易錬薬〉は一時的な効果を発揮する魔法薬の生成スキルだ。
任意の物二つ以上を組み合わせて、望んだ効果の魔法薬を作るという、凄まじいものだが、習熟度が低いと効果時間の低下や生成種類の少なさ、組み合わせの制限などがある。
習熟度の低いリアンではあるが、一瞬だけでも退魔効果があればアンデッドは倒せる。
すぐにただの石と枯葉に戻っても消滅したアンデッドが復活する訳ではない。
「へえ、やるなリア」
初めて見る妙技にクラフト好きの血が疼くシュン。
「そう呼んでいいと言った覚えはない」
「まあ良いじゃないか、仲間だろ」
辛そうに苦情を言うリアンにシュンはやはり軽口を叩く。
凄まじいスキルだけに消耗も大きいようだ。
「俺もまあまあの剣を作ったんだ、出来栄えを見ててくれ」
そう言ってシュンはシェイドイクワインに向かっていった。




