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第三十三話

ドンベルを見送り、宿に戻ったシュン。

ルーセリーナはまだ帰っていない様だった。 ちょっと心配になってくるが、信じて待つしかないだろう。


女将さんに宿泊延長の旨を伝える。

クエスト終了までどのくらいかかるか不明なので、五日ほど追加する。

今は一人だが、いつルーセリーナが帰ってきても良い様に二人分で頼まないといけないのだが、女将さんは『帰ってくるまでは一人分でイイわよー』と言ってくれた。

正直助かる。

今の手持ちはは一万レジドそこそこだ。

泊まるだけならまだ慌てる様な事ではないだろうが、今後どれほど必要になるか分からない。

特に登録料やら何やらに。


何としても今回のクエストでそれなりに稼がないと旅に出る事などとても叶わない。

しかし、エミ達を見て家を借りるといった選択肢もあるのだなとは思った。

どっちにしろしばらくは無理だろうが、以前の様な制約は何も無いのだから自由に事は決められる。


選択肢を増やし、それを実現させる為にも様々な依頼をこなせる様にならなければいけないのだから、今回のクエストを無事に終了させる事ができれば評価も上がるんじゃ無いだろうかと皮算用をする。


それにレベルも上がっていた事だし、他の依頼も自分で受けられるだろう。

あくまで今回のエミのパーティーに参加したのは幽霊狩猟退治依頼を受けるためだ。

まさか一度入ったら抜けられないという事はなかろう。


その幽霊狩猟だが、エミが気になる事を言っていたのを思い出す。

あの汚物魔族のトリストラムが関わっている……奴の呪いが原因であるという事を信じるならば、思い当たる人物が幾人かいる。



トリストラムは自らが不浄に(まみ)れる事によって呪力を上げている。

言わば代償の様なものだが、趣味との噂もある。

呪力は魔力とは違い、怨念の力だ。

魔力は世界に満ちる力で世界の構成要素でもあるが、呪力と言うのは世界からはみ出した力だ。

はみ出したという事は必要とされていない力という事であり、世界に存在してはいけないモノだ。

念の力が世界に作用するというのは魔力に通ずるものがあるが、むしろ世界の外という意味では神霊力に近い事になる。

その力を呼び出すにはかなりの強い念が必要だが、更に代償を求められる。

その一つが不浄だ。

世界は循環し浄化の作用を持つ。

即ち不浄とは世界の否定に繋がるのだ。

正確には不浄を不浄のままにしてそれを好むという事が世界の否定だ。


決して部屋を汚くしてそれがイイなどというレベルではない。


世界に必要とされるも、与えられなかった力が神霊力なら、不必要であるがゆえに追いやられた力が怨念に染まれば呪力となり、我欲に染まれば妖力となる、どちらにせよ負の力だ。


そして、その呪力を相手に及ぼす為には何らかの媒体が必要になる。

呪う相手の一部であったり、その本人だ。

前者は遠隔作用があるが効果は薄い物になり、後者は効果が高い分術者の身に危険もある。

トリストラムに関しては後者であろう。

自らが手にかけた相手に、死してなおの呪いをかけたのだ。

その効果がどう出るのかは実はトリストラム自身にもよくわかっていなかった。

外の力と言うものは理解が及ばないし、取り扱いも困難だ。 ただ間違いなく相手を苦しめる事にはなる。

普通はそう言ったものに頼ろうとはしないが、そもそもその存在を知って利用しようという者は居ない。

怨念や我欲に身を任せていたらいつの間にかそんな力が宿ったと言うだけだ。



元々の高い魔力との相乗効果でもあるのか、トリストラムは強かった。

いろんな意味で相手にしたくない魔族だったが、敵であり、魔王を守護している以上倒さないわけにもいかない。

そんなトリストラムに殺された仲間の顔を思い出す。


「まさかと思いたいが……あいつらのうちの誰かが……」


ただ、どうしてエミはトリストラムの呪いだと確信しているのだろうか。

他の可能性だって考えられるはずだし、奴の呪いがアンデッド化だなどとは聞いたことが無かったはずだ。

死してなお苦しめられるとだけしかシュンは知らなかったが、奴の上司であった魔王にしか分からない何かがあるのかもな。


などと考えるも、すべては予想に過ぎない。

シュンは自分の嫌な考えを振り払う為に、風呂にでも入ってサッパリしようと考えた。

風呂と言っても石造りの浴場の真ん中に湯の入った大きな桶があり、そこから湯を掬って体を洗うといったもので、浴槽は無く湯に浸かる事はできないし、当然共用で男女の別すらない。

しかも湯沸かしなどの設備もないので、ちょくちょく奉公人みたいなのが温度の確認に来て湯を足したりしている為、利用時間は短い。 人件費の問題だろう。


ではあるが、利用者はこの宿の利用者や、食事客だけなので大して混雑はしていないし、宿に浴場があるだけでも立派な事の様だ。


風呂は宿泊費とは別料金なので、子供料金を支払う。

とはいえ銅貨で五枚、五十レジドは甘くは見れないが、これでもサービス料金らしい。


この宿を利用している冒険者と思われる先客(男)と挨拶を交わし、頭から湯を被ると今日一日のいろんな事が洗い流され、再構成されていく気がした。


武器は手に入れた、レベルも上がって、仲間が出来て依頼も受けた。

魔法も、手順は面倒だが無事使えたし魔王も改心?したようだ。

変なのには絡まれたが、イイ先輩に助けてもらって心持ちも軽くなる。


今日も濃い一日だった。



シュンが風呂でスッキリしているちょうどその時。

同じ宿の食堂では、二人のギルド職員が酒を嗜んでいた。 メリティカとソレルだ。

別に二人は恋仲で、逢い引き中という訳ではない。

厳しいギルド状況の愚痴をこぼしあい、ブランケルの陰口を叩いていた。


「それはそうと、不思議な少年が現れたものですね」


ソレルが急に話題を変える。

今までの話は単なる様式美に過ぎない、元々の主題はコレだったのだ。


「あーシュン君のこと? カワイイ子じゃーん」


メリティカは結構アルコールが回っている様だ。


「あなたの趣味は置いといて、記録見たんでしょう?」


ソレルは昨日の依頼受付時にはレベル二だったシュンの冒険者カードの記録を見たのだ。

そして今日のパーティー登録で出されたシュンのカードにはレベル十二が記載されていた。

それが意味するところは……


「あー、まーねー、スゴイよねー」


「スゴイよねー、じゃありませんよ、前代未聞です」


ソレルもメリティカももう気付いている。 ブリーデングウルフはシュンが倒したのだと。

それに、その件が無かったにしても、一日で薬草四十とは一体どういう事なのだろうか?

薬草はそんなに採れるものではない。

傷ついた野生動物や、モンスターなども薬草を食べて回復するのだ。

期限の決まっていない依頼という事もあり、多くの冒険者が本命の依頼の他についでで受けて、見つけ次第回収していたりもするし、安全な草原などでは貧しい子や、孤児院の子達が大事な収入源として採取している。

一週間ぐらいかけるのが前提のクエストなのだ。


「いやービックリだよねー、シュン君ってばあの美少女パーティーで有名なトコに入ろうとしてたから、悔しくて不認可にしようと思ってたのにさー、あのレベルじゃ文句も言えないよー」


「あなた……そういう不純な理由で判断するの止めてもらえません?」


ソレルは呆れる。 さっきから微妙に会話がかみ合わない。


「とにかくですね、ギルド長不在のこの時に幽霊狩猟の出現に、不思議と言うか特異と言うかそんな少年の出現……厄介ごとは勘弁ですよ」


情報整理の担当官とはいえ、実際に情報を集めるのもソレルだ。 人出不足なのである。

冒険者にはいろんな者達がいる。

人間、エルフ、ドワーフ、獣人など人種も多様だ。

何がどう紛れてくるか分からない、冒険者カードの記憶魔法も万能ではない。

洗脳されたり、記憶操作されたりされればお手上げだし、他にも抜け道があるかもしれない。

もちろん滅多にある事ではないが、可能性を排除する訳にはいかないのだ。


それこそシュンの様な少年は真っ先に調査すべき対象なのだ。

しかし、一人で全部出来るわけもない。

さらにカウンター業務まであるのだから、本当に勘弁して欲しかった。


「まーいいじゃーん、今私達に出来る事はやったんだしー、募集も集まったしさー」


「……それもある意味頭痛のタネですね」


確かに人数は集まった。 最低人数を大幅に超える人数が。

原因はエミ達だった。

彼女らが早い段階で依頼を受けた為に、イイところを見せたい若者が殺到したのだ。

若い故にレベルも規定ギリギリの者が殆どだった。

しかも『あわよくば』の下心丸出しの連中ばかりで、あまりに心許ない。


せっかくベテランの冒険者が依頼を受けてくれそうだったのに、その人数の多さに『若者のチャンスを奪うのは趣味じゃない』と言って立ち去ってしまった。

実にもったいない。 各パーティーを渡り歩く凄腕の助っ人冒険者なのに、人が良すぎる、とソレルは愚痴の一つもこぼしたかった。


さらに、人数が多い分の冒険者への褒賞金もバカにならない。

ただでさえ事後承諾というかたちで、まだ領主の返事はもらえていない。

早いところギルド長に戻ってきて貰わないとままならない事ばかりだ。

もっとも、これはブランケルの管轄なのでソレルは直接は関係ないのだが、彼からの八つ当たりを食らうのもソレルの仕事だった。


「はあ……」


つい、溜息が出る。


「なーによソレルってばー、溜息なんかついちゃってー。 呑んで忘れなさいよー」


忘れたところで事態は解決しないが、溜息をついたところでそれは同じ。

だったらメリティカの言う通り呑んで忘れた方がお得だな。

と、ソレルも諦めてエールをあおる。


「そーこなくっちゃねー」


何でこんなに呑気に上機嫌になれるのだろうか? とメリティカを珍獣でも見るかの様に眺め、でも羨ましいと思うソレルだった。


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