第三十二話
「おい、あのガキ誰だ?」
シュンよりは年上だろうが、まだ少年と言ってもいいぐらいの男がシュン、エミ、シェリルの三人を眺め……シュンを睨み付ける。
「知らねえ、アイツまさかエミちゃん達のパーティーに入ったのか」
似た様な年代の男もシュンを睨み付ける。
他にも数人の男達がざわついている。
『手料理を食べただと?』『何だあの生意気な口の利き方は』『泊まる……だと』
などなど、もはや憎しみにも似た感情を吐露している者達や、言葉には出さなくとも憎悪のこもった視線をぶつけるもの達がその倍はいる。
彼らは皆、エミ達のパーティーに好意を寄せるもの達だった。
シュンの感想通り、美少女ばかりが集まったパーティーなのだから、当然こういった男達も湧いてくる。
そしてその男達の一人が動いた。
「一応連れがいる。 宿に戻って貴様と同じパーティーに入った事を報告しなきゃならん」
シュンはエミにそう言い放つ。
「ほう、ならオレはその宿の食堂でも構わんぞ」
それが嫌だからエミたちの拠点に行ったわけだが、それを知らないエミは他のメンバーの同意も取らず宿まで付いて来ようとする。
と、そこへ一人の男がエミとシュンとの間に立ち塞がる。
「やあ、エミさんにシェリルさんお久しぶりです。 ひょっとして幽霊狩猟の依頼を受けたんですか?」
今依頼はそれしか出ていない、受付カウンターにいたのだからそれを受けたのだろうと、その男は敢えて“シュンの登録の為”という可能性を排除してそう切り出す。
「あ……イマーディエントさん」
『何だったっけ』と首をひねるエミに代ってシェリルが応える。
そのシェリルも、語尾にでしたっけ?と付きそうな感じではあるが。
「ロック=フェル=イマーディエントです。 どうぞロックとお呼びください」
ロックと名乗る男は、以前もしたであろう挨拶をもう一度する。
その優雅な一礼は彼の育ちの良さを物語っていた。
「ところで、そこの小汚い子供は何ですか? 行き倒れでも拾ったのですか?」
その程度の戯れ言でムキになるシュンではなかったが、エミがムッとする。
「宜しければこの私めが孤児院にでも連れて行きましょう、小汚い者同士お似合いです。 貴女方の様な美しい女性には似合いませんよ」
などと気障ったらしい言動に、シュンはこの男がエミ達に好意を持っていて、自分を引き離そうと現れた事に気付いた。
けれども、そんな言動で彼女らの歓心を買えると思っているのだろうか、バカなのかな? とも思い、まるで貴族でもあるかの様な立ち居振る舞いなのに、冒険者などをやっているであろう理由が透けて見える。
だが好機でもあった。
「じゃあなエミ、シェリル、小汚い俺は宿で風呂にでも入ってくるさ」
そう言ってエミ達と分断された状況を利用し、距離を取り
「また明日お前達のうちまで行く」
とだけ言い残して返事も聞かずにこの場を後にした。
ようやく一人になり道具屋に来ると、早速剣の鞘を探す。
丁度いい物はなかったが、何とか納められそうなものを見つけ、それを購入しようとするも、タダでいいと言われ小躍りしそうなぐらい嬉しいシュン。
今後もここは活用させてもらおうと決める。
もっとも、普通は鞘だけが売っている事などなく、それがあるのは中古でしかない。
剣の方は壊れたか失ったかのどちらかで、新たに打ち直さなければ使い道がほとんどないのだから、買っても二束三文だろう。 だが、その気持ちが嬉しい。
そのまま宿へと向かうシュンだったが、数人につけられている気配を感じ立ち止まる。
はて、物盗りだろうか? と考えるも、今の自分の様な子供から何を盗ろうと言うのか? 強いて言えば作ったばかりの小剣だろうか。
確かにこれは高価な代物だ。
何せ陣紙を三枚も使ったのだ、銀貨四枚の物を二つに、銀貨六枚の物を一つ、計一万四千レジドだ。
だが鞘に納めてあるし、パッと見でこれが高価なものだと分かる者などそうはいまい。
「おいガキ、テメエなんか調子くれてやがんなあ」
男達の一人がガラの悪い口調でシュンに文句をつける。
「ガキのくせに冒険者気取ってんじゃねえよ」
「こちとら命がけの商売なんだよ、ナメんじゃねえぞ」
「ハーレムパーティーで一稼ぎってか? どんな手使いやがった」
なるほど、そういう事か。
こういう輩に敬意はいらないだろうと、シュンも言い返す。
「僻んでる暇があったら自分の腕を磨くんだな、命がけ何だろ? 俺に絡んでもお前らの生存率は上がらんぞ」
「テメエ!」 「ナメた口を!」 「このガキ殺すぞ!」 「マジで殺そうぜ」
などの台詞を聞き、こいつらに慈悲はいらんなと、気負うこともなく自然に棒立ちをするシュン。
とはいえ、まあこんな少年に毛が生えた連中を殺すのも気がひけるので、お仕置き程度にしておこうと、自制もする。
シュンは人間を殺す事にさして忌避感を持っていない。
二千年前だって、魔族に通じた者や、混乱に乗じて狼藉を働く者などを殺した事はある。
その数は数えたくもないが、十や二十などでは収まらない。
もちろん最初は抵抗もあったが、そんなことも言ってられない状況になれば腹も座る。
それに比べれば、こんなのはじゃれ合いにも等しいものだ。
ただ、人に『殺す』などと言うと、どんな手痛いしっぺ返しを食らうかの教訓は教えてやらなければと、男達を眺める。
「貴様らごとき剣が勿体無い、素手で相手してやるからかかってこい」
そう言って挑発するシュン。
「よーし、言ったなテメエ、死んだぞ」
剣呑な様子の男達は武器まで取り出した。
そこにはもはや痛めつけるなどと言う生易しい空気は感じられない、完全に命を奪ってやるという決意が漂っていた。
シュンはヴォルの『礼儀でトラブル避け』を思い出していたが、この男達に通じるとは思えなかった。
したがって、これは余計なトラブルではなく必然のトラブルだ。
悪化はした様な気もするが、細かい事はいい。
「こらあ!! 小童共がなにをしてやがるか!」
モヒカン頭に棘のついた肩パッド、上半身には鋲の付いた革ベルトを巻きつけ、デニムジーンズの様な着衣を穿いた大柄な男。
シュンには見覚えがあった。
「ドンベル先輩」
シュンはその名を呼ぶ。
「テ、テメエ……ドンベルさんを知ってやがるのか!?」
一斉に後ずさる男達。
「小童共が往来で武器なんざ取り出して、一体どう言う了見だ、ああ?」
ドンベルの恫喝に尻込む男達。
「い、いや、そこのガキが生意気で……」
言葉も尻すぼみになる。
「男の嫉妬は見苦しいぜ、今なら見なかった事にしてやる。」
どうやら事情を察している様なドンベル。
「小僧一人に嫉妬して、大人数で武器持って取り囲んで、少しでも恥じる心があるならトットと散りやがれ」
武器をしまい、憎々しくシュンを睨みながら
「ドンベルさんに免じて今は引いてやる。 せいぜい背中には気をつけるこった」
と捨て台詞を言うと、男達は一斉に去っていった。
ドンベルという男、相当の顔利きである。 あれほど殺気立った男達を引かせてしまうのだから。
何せドンベルはフリーの冒険者で、数多くのパーティーの助っ人をしているのだ。
コネクションの多い彼に逆らうのは、彼ら若い冒険者にとって害でしかなく、またドンベル自身も彼らにとっては恩人であるものも多い。
「ドンベル先輩、ありがとう御座いました。 つい強がってしまいましたけど、本当は凄く怖かったんです」
どの口が言うのか。
白々しくシュンがそう謝辞を述べるのは、折角助けに入ってくれた人に対して、『余計な事を』などと言うわけにもいかないし、助けて貰った感は出しておくのが礼儀だろうと思ったからだった。
「シュンだったか? ああいう手合いは相手にすると面倒だからな、あまり目立つと痛い目を見るぞ、お前にスキがあるからこういう事になるんだ。 以後注意しろ」
そうシュンに忠告するドンベルは、見た目に反して良い人だった。
この格好で『ヒャッハー』とか言わないだけでも凄いのに、おそらくはギルドからシュンの後をつける男達を見て、さらに男達のあとを追ってここまで来たのだろうし、しばらくは成り行きを見て、武器を取り出したあたりで助けに入る。
中々出来ることではないだろう。
シュンとしても、助かったのは本当だ。
これ以上恨みを買う事がなくなったし、バックにドンベルが付いていると勘違いしてもらえた。
返り討ちにするのは簡単でも、後々が面倒くさくなるのは目に見えていたのだから、シュンも反省すべきではある。
それがドンベルのおかげで有耶無耶に出来たのだから、感謝の気持ちも大きい。
頼りになる先輩だった。
「はい先輩、以後気を付けて精進します」
殊勝な事を言うシュン。
戦えばシュンの方が強いだろうが、そういう事ではなく、尊敬出来る先達だと本気で思い、彼に失望されたくないなとも思った。
「ところで先輩は幽霊狩猟退治には参加されるんですか?」
気になって聞いてみるシュン。
ドンベルの身は、パーティーメンバーと同じくらいには重要度は高くなっている。
「いや、オレは今回は参加しねえ、のんびり酒を呑んでいたらもう埋まっちまってたわ」
ガハハと豪快に笑い、『じゃあな』と立ち去るドンベルの背中を見送り、その背に敬意のこもった一礼をするシュンだった。




