第二十六話
シュンは満足していた、武器製作を久し振りにやれた事に対して。
シュンは満足できなかった、その出来栄えに対しては。
上手く魔法が発動したのは幸運だった。 ブッツケでよくぞ成功したものだ。
けれども、やはりと言うべきか購入した陣紙ではシュンの期待した効果を得られる様な魔力は封入されていなかった様だ。
魔石の質はなかなかいいものだったので、そこらで見て廻ったものに比べれば上等なものに仕上がったと思うが、幽霊狩猟相手にはどうなのだろうかと思う。
どんな奴らなのかは分からないから、どれ程の武器が必要になるかは不明だし、今のところこれ以上は望むべくもないから、不満ではあっても仕方がないだろう。
あとは、せっかく見つけた魔石の使い道だが、ネクタル製作に一つ使うとして……
何者かが背後から近ずく気配がある。
隠そうともしないその気配から、こちらへの害意はないのかも知れないが、シュンは油断せずに心構えを整える。
最悪今作ったばかりの小剣の出番かも知れない。
アシを掻き分ける音が十分に近づいた所でシュンは振り返る。
そこに立っていたのは目の覚める様な美少女だった。
パティナと同じかそれより歳下だろうか、薄く緑がかった黒髪を、汗でその美貌に張り付かせ息を切るその姿は妙な艶めかしさを醸し出し、シュンの警戒を緩めた。
「……何か用で……」
「おい少年、今何の魔法を使った!」
シュンの問いかけを遮り、その美少女はシュンに問いかける。
シュンも見られてマズイという事をしていたつもりも無いし、隠すつもりも無い。
ただ初めての陣紙による魔法だったので、万一を考え人気の無いところを選んだだけだ。
しかし何と言ったものかと一瞬考え込む。
この漢字魔法はシュンの完全オリジナルな為、他にルーセリーナがちょっと使えるだけで、知っている者などいないはずだからそのまま答えても意味不明だろう。
「えーっと、何って……ただの陣魔法ですけど」
シュンとしては無難に答えたつもりだが、この歳で魔法陣を描ける者などいないだろう。
たとえ描けたとしても単なる模倣では魔法は発動しないのだ。
もっとも、あらかじめ簡単な魔法陣を描き魔力を通せば使用できる様な物も販売している所はある。
「その魔法、誰に教わった」
エミは自然と詰問口調になっていた。
彼女の言動は普段から男勝りだが、自分より歳下のものに厳しく当たる事は稀だし、ましてや初対面でしかもこちらから声をかけておいてその様に当たる事など今までなかった。
対するシュンは、ウッとなりながらもその殺気とは違う必死さによる形相に、真面目に答える事にする。
知らなくても、信じられなくてもそれは当然だろう思いながら。
「この魔法は僕のオリジナルで、漢字魔法と呼んでいます」
エミは、やはりそうなのか、と自分の考えが確信に近づく。
しかし幼い。 エミの過去の記憶にあるその男とは掛け離れている……が、面影は感じる。
「少年、名は……名前はなんと言う」
さっきから一方的にこちらを詰問してくるこの美少女に、しかも自分は一切名乗らず名を伺ってくる態度に綺麗な人だけど無礼な人だなと、名乗るべきかどうか悩む。
「シュン……という名に聞き覚えは?」
驚いた。
驚いたが、漢字魔法と自分を関連づけられるのは、ルーセリーナの様に過去を知るものだけだろう。 つまりこの少女は見た目通りの少女では無いということだ。
誰だかは分からないが今更敵味方も無いだろうと思いつつも、また警戒度を上げる。
「いかにも、シュンは俺の名前だ」
昔の自分を知るものなら礼儀とかは別に良いだろうと思い、素のままの自分で答える。
するとエミの表情は一変し剣呑なものになる。
が、それも一瞬だった。
すぐに不敵な笑みに変わっていく。
「そうか、いや……そうであったか、人間の勇者シュンよ」
やはりシュンを勇者であると知る者であった。
それにしてもひどく懐かしい呼ばれ方な気がする……そう呼んでいたのは誰だったか。
シュンは思い出せそうな、思い出したく無い様な複雑な感情に襲われる。
「思い出せぬか我を……ふ、まあ無理も無い」
なんだろうかこの喋り方には非常に懐かしい様なムカつく様な哀れみを感じる様な、とにかくさっきから鳥肌が立ってくるシュン。
「ならば名乗ろう、我こそは幾万の魔族の頂点にして破滅の使者、魔お……」
「あ! 貴様ヒューデガルドだな!」
「う……フューデガルドだ」
満を持しての名乗りであったが、前振りが長いのでシュンも気づいた。
しかも名乗りを遮った上に微妙に名前を間違えるという空気の読めなさっぷりである。
これにはフューデガルド、いやエミも渋い表情をする。
「おのれ魔王!化けて出たか、血迷いやがって」
問答無用でエミに斬りかかるシュン。 手には先ほど作ったばかりの小剣。
これは死ぬ! そう感じたエミは決死の横っ飛びでかわす。
「おのれ避けおって」
「ま、待て! 何なんだ貴様は、いきなり斬りかかる奴があるか!」
「魔王が勇者に何を言う! さては幽霊狩猟とは貴様の差し金か!」
勇者は魔王を斬る者と相場が決まっている。
「バカなことを言うな! こちらもそれで困っておるのだ!」
シュンはフューデガルドに戦う気がない事に気づいた。
それどころか邪気も瘴気も狂気も感じられない。
本当にあの魔王フューデガルドなのか疑いが生じてくる。 けれども、ここまで話が合えば間違いはないとも思える。
「……魔王ではあっても、邪悪ではない様だな」
シュンは剣を納め構えを解く。 と言っても鞘はないので、下へと向けるだけだ。
「まったく、こんな美少女にいきなり斬りかかるとは、貴様それでも男か」
「美少女だろうが何だろうが貴様が魔王なのがいけない」
「そこだ! 何故そこで疑問に思わずいきなり臨戦なのだ」
「貴様が魔王である以外の理由などない」
一切の取り付くシマが無いシュン。 終始一貫していた。
「ま、まあいい、取り敢えずは話を聞いてくれそうだな。」
「話を聞くかどうかは貴様次第だ、魔王よ」
まるで悪役の様にエミを指差すシュン。 いやシュンにとってはエミである前に魔王フューデガルドなのだ。
「貴様、懲りずに世界を破滅に導こうとしているのではあるまいな」
「ふ、今の我はただの人間の小娘よ、そんな大それたことは出来んさ」
シュンの詰問に肩をすくめるエミ。
「それに、十数年とはいえここで生きてきたのだ、割と気に入っておる」
「……信じよう」
勇者と魔王。
共に生死をかけて戦い続けた間柄だ。 そこには殺し合う関係しかなかったが、命懸けであるが故に通じ合うものも確かにあった。
魔王は悪ではあっても嘘をつく様な男では無いと分かっている。
今でこそ女の身だが、心が同じなら信じてもいいだろうとシュンは思う。
「とは言ったものの……なあ」
急に気の抜けた顔で宙を仰ぎ見るエミ。
「何だ」
シュンも気が抜けそうになるのを堪え、エミを注視する。
「見かけたから声を掛けただけなんだが……特に用は無かった」
「貴様、俺をおちょくっているのか」
人の警戒をコケにしやがって、と憤るシュン。
魔王のくせに勇者に用が無いとは一体全体どういう事なのだ、こちらには魔王を殺すという重大な用事があると言うのに。
などと少々理不尽な理由で頭に血が昇る。
「無かったのだが、先ほど貴様幽霊狩猟がどうとか言っていたな」
エミ(フューデガルド)には今いい案が浮かんだ。 と思った、少なくともこの瞬間は。
初撃を何とか躱せたのは本当に幸運だったと思う。
一瞬死を覚悟したぐらいだった。
シュンの見た目はともかく、実力がこれほどなら幽霊狩猟相手にも勝ち目が出るのではと思ったのだ。
いや、それどころか戦わずして勝つ手段すら考えられる。
「ああ、今ちょっと迷惑をしている」
妖精さん達はアンデッドなぞにされてしまうかもしれないし、ルーセリーナも忙しそうだし、薬草の買い取り先はわからないしで、迷惑な事この上無い。
「それについて耳寄りの情報がある。 と言ったらどうだ?」
「聞かせてもらおう」
シュンは一も二もなく食いついた。




