第二十四話
翌朝、ギルドの掲示板には一枚の依頼書だけが貼られていた。
“幽霊猟師出現 討伐者急募 最低応募人数二十五名”
との見出しで書き出されたその依頼書には、『特号緊急クエスト指定の為、規定により募集人員到達まで他の依頼は一時停止とする』との文言や、最低レベル二十、最低報酬二千五百レジドなどの条件、解決まで南の森への立ち入りを禁止する旨がかかれている。
それを見るシュンには言葉の意味は分からずとも物々しさは十分に伝わった。
周りの冒険者の反応からもこれが緊急事態だと理解する。
昨晩宿に戻るとルーセリーナの姿はなく、『急用を思い出したからちょっと出てくるね』というアバウトな書き置きが残されていた。
まず間違いなくこの幽霊猟師絡みだろう。
やはりルーセリーナは気付いていたのだ、その上でシュンに内緒にして一人で何かをしに行ったのだろう。
心配は心配だったが、ルーセリーナも子供じゃない、無分別な事はしないだろうし彼女なりに思う所があるのだろう。
一人で出て行ったという事は、ついてきて欲しくないという事だろうし、下手に探し廻られたりするのも迷惑だろうとシュンは考え、一抹の寂しさを感じながらも朝一番でギルドへとやってきた。
そこでこの依頼書である。
森が立ち入り禁止とあっては、薬草採取に行く事もできない。
しかしシュンは特に気にしなかった。
今日は元々、依頼が無ければやってみたい事があったからだ。
武器の製作である。
昨日の戦闘で短剣は折れ曲がってしまい使い物にならなくなっていた為、新しく調達する必要があるのだが、安物を買っても同じ事になるだけだし、ちょっと良いものを買ったところで焼け石に水だろう。
シュンは幽霊猟師退治を目論んでいた。
ギルドで依頼を受ける事は出来そうにないので、勝手にやってしまうつもりだ。
森が立ち入り禁止だとしても、無視したところで問題あるまい、あったとしてもその時はその時だ。
薬草の採取は依頼を受けないと、ギルド以外の買い取り先が分からないから仕方ないが、幽霊猟師退治はシュンの個人的な問題なので報酬などはなくてもかまわなかった。
(ハルちゃんやラスなんとかさんや他の妖精さん達をアンデッドになんかさせられないもんな)
もちろん、別ルートではあってもルーセリーナのやろうとしている事の一助にでもなればと言う思いもある。
何をしようとしているかは皆目見当もつかないが、幽霊猟師絡みと見て間違いは無いだろうから、倒してしまえば話が早いだろう。
その為にもそれ相応の武器が必要だ。
防具に関しては、あればあったで良いが無くても構わない。 全部躱せば良いのだ。
シュンは苦戦するかもしれない、と言った発想に至る事はなかった。
弱体化も、実はそんなに気にしていない。
これまでの戦闘で、動きが遅くなったり、筋力が足りてなかったりしていたのは実感しているが、体は思い通りに動くし相手の動きもよく見える。
スピード不足は動き出しを早める事で対処できるし、筋力不足も武器次第でカバー出来るだろうと呑気に考えていたのだ。
そんなシュンが、街の西に大河があるという事を通行人達の会話から知り、一つの可能性に思い至った。
自力で武器を作ればいいのだと。
この場所は元は魔王城の界隈だ。
膨大な魔力の宿ったアイテムなどもどこぞに転がっていてもおかしくない。
もっともあれから二千年も経っているから、どこぞに転がっていたらおかしいので、ポイントを絞る。
そこで河だ。 大河なら底も深いだろうし、悠久の時を川底で過ごす何らかのアイテム的なものが残っている可能性だってあるはずだ。
そこまでは期待しすぎかもしれないので、シュンの本命は魔石だ。
今現在魔石がどういう扱いなのかシュンには分からないが、魔石の使い道にかけては一家言を持つシュンとしては、手に入れさえすればどうとでも使えるのだ。
ただ、その為には必要になるものがある。
それが手に入らなければ川での素材集めはいきなり終了だ。
可能性としては結構あるとみて、決行するのだ。
などと思惑を持ちつつ目的地に到着する。
森よりも近かった上、街道の整備がしっかりされていて歩く易く、意外に早く着いた。
大河と言われるくらいには十分な威容の川だった。
ルーセリーナが置いていった短剣を、無いよりはマシと思い持ってきていたが、その必要はなかったようだ。 もっとも短剣には別の使い道があって持ってきたのだが。
ここは安全なのだろう、おそらくモンスターなども滅多に出ないような所なのだ。
結構沢山の人出で賑わっていた。
川遊びをする子供や、釣り糸を垂らす老人に、河川敷でスポーツをする者……人気スポットだ。
シュンはあまり人目につきたく無い為、上流へと歩を進める。
アシやオギの様な植物がシュンの身長に届くか、といった丈の所まで歩くと人影は無い。
草を掻き分け、河までたどり着く。
「さて、じゃあ始めるか」
シュンは呟き裸になる、そして飛び込む。 泳ぎは得意だ。
しばらく川中を泳いでいたシュンは、やがて一匹のカメ捕まえ岸へと戻ってきた。
それは“ブレシングシェル”と呼ばれる一応モンスターに分類されるカメだ。
そのカメの甲羅を剥ぎ、顔に覆えば水中で呼吸が可能になる。
これこそが必要な物だった。
結構絶滅せずに生き残っているものだなと思い、当たり前の様に水中へと舞い戻るが、普通は素手で捕まえられる様なモンスターでは無い。
あまり人を襲う事は無いモンスターで、一般にモンスター扱いされる事の無いブレシングシェルだが、危害を加えられそうになると鋭い牙で襲い掛かると言った凶暴さもある。
何もしなければ無害なので、わざわざ水中で捕まえようとする者など皆無だ。
シュンは襲い掛かかってきたところを迎撃したのだ。
片手で甲羅を押さえ、片手で泳ぎ潜るのはかなりキツかったが、目論見通りに魔石を発見出来たことで報われた。
それも三つもの魔石の回収に成功したのだ。
前日のジキシニン草や、今日のブレシングシェルに魔石。
どうにも上手くいきすぎる事に違和感を覚えないでも無いが、上手くいく事に文句を言う訳にもいかない。
シュンは今日の本命、陣紙を取り出した。
漢字魔法による武具作成……久し振り過ぎて気持ちがはやってくる。
しかしこの為に前日と同じ陣紙を一枚と、もう一ランク上の陣紙を買う事になり、出費はかなりのものだった。
まだ試した事も無いのにいきなり大金をかけてしまう辺り、呑気に見えて実は結構気が急いているのかもしれない。
まず安い方の陣紙に“融”の一字を書く。
陣紙に字を書くのは指で紙をなぞればいい、すると陣紙に“融”の時が浮かび上がり魔力光を放つ。
使い方は分からないが同じ魔法だろうと、いつも自分が使っていた時の様に対象の魔石にその字を向け、
「魔石よ、融けよ」
と、声に出す。
すると魔石の一つが液状化しつつも、地面には吸い込まれずゼリー状になってその場にとどまる。
これが実は漢字魔法の難しいところで、この時に“溶”の字を使うと地面に染み込んでしまうのだ。
また、この後の工程にもこの“融”は関わってくる。
ゼリー状になった魔石に対し、今度は高い方の陣紙に“結”の字を書き、短剣をかざしながら
「融けし魔石よ、この剣に結び合わされ」
その言葉と同時に、ゼリー状の魔石が糸の様に細くなり剣に絡みつく。 融合し結合する。
この時、“合”はどこから来たのか? と言う疑問が発生するが、漢字魔法の真骨頂でもある類語効果と言う現象が起こる。
融合と結合、厳密には意味が違うが同じカテゴリーの言葉である。
近しい関係の言葉であれば、声に出して言うだけでその体をなすのだ。
今回の場合は“結び合わされ”の文言により“合”が適用され融合と結合の漢字魔法の相乗効果が生まれる。
この為に最初に“融”を使ったのである。
もちろんその分魔力消費は大きいので、高い方の陣紙を使う必要があった。
最終工程として、最後の陣紙に“整”の字を書き溶けた魔石と融合し結合しただけのナニカに剣としての形を整えさせる。
「融結合わせし短剣だったものよ、自らの姿を整えよ」
この最後の漢字魔法により、最初の短剣に魔石分の質量を追加した、少しだけ長くなった短剣……小剣が出来上がる。
当然魔石の持つ硬度と魔力も追加されている。
シュンは満足気にその小剣を眺めるのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回漢字魔法の説明を書いてみましたが、上手く伝わったでしょうか?
あまり長くなりすぎるとウンザリしてしまわれるかもしれないので、簡潔にまとめたつもりです。
たまにこう言う説明回があると思いますが、どうぞお付き合い下さい。




