第二十三話
通された部屋は簡素な応接間だ。
テーブルが一つに四人掛けの横椅子が対面に一脚づつ据えられている。
調度品の類はほとんど見受けられないが、目を引くものが一つある。
それはレリーフだった。
何の伝説かわからないが女性が男性を庇って凶悪そうなモンスターに対峙している。
逆じゃないの? と思わせる題材だが、精巧な技法で作られた見事な浮き彫りだった。
その部屋には先客がいる。
シュンを呼びつけた男性職員ともう一人。 禿頭の恰幅のいい中年男性だ。
「君がこの魔晶核を持ち帰った者かね」
禿頭の中年は横柄にシュンに聞く。
モンスターを倒したのではなく、あくまで持ってきた、という認識のようだ。
無理も無い、とはシュンも思う。
ブリーデングウルフとは言え、流石に自分の様な子供が倒してきたなどとは考え難い話だ。
「はい、そうです」
なので否定はせずに追従しておく、本当に絶滅危惧種とかだった場合にはそれで逃げ切ろうと考えながら。
ただ、追求されれば嘘をつくのも難しいだろうし、物証の凶器もいま現在所持している。
折れ曲がった短剣などただのゴミだが、そこらに不法投棄するわけにもいかず持ち帰ってきていた。 もちろん法律でどうなってるか分からないが、気持ちの問題だ。
「そうか、ではその時の状況を知りたいんだが、死骸は見たかね」
「ええっと、オオカミみたいでした」
「ふむ、ではそれを倒した者は?」
どうするか一瞬悩むが一応はしらばっくれる事にする。
「いえ、その死骸だけです」
「では君はその死骸から素材を剥ぎ取って持ち帰ったと……」
「ええまあ、そうなります」
すると禿頭の男と職員は顔を見合わせ頷きあう。
『君は知らないだろうが』と話出してシュンに聞かせた事は、そのオオカミはブリーデングウルフと言う危険なモンスターである事、そして最も重大な事は“幽霊猟師”と言うさらに危険なアンデッド集団の番犬であり猟犬であり尖兵であるという事らしい。
幽霊猟師はヒトや妖精などをターゲットにして殺した者を自らの仲間に引き入れ勢力を拡大していくモンスターだ。
過去には森が丸ごと廃墟と化した例もあるらしい。
森が廃墟にというのも聞き慣れないが、そこに住む妖精が全滅し、その総てがアンデッド化してしまったために鎮圧の為王国軍が動いたという話だ。
自然霊である妖精をアンデッドにするなど相当に恐ろしい呪いを持つモンスターだ。
犠牲者が出る前に早い段階で対処しないと、どんどん相手は数を増やしてしまう。
「という事だからな、もうあの森に近づいちゃいかん。 そもそも君の様な子供が森に入るなど言語道断だ。」
心配しているのか、あしらっているだけなのか分かり難い態度で禿頭の男は言う。
おや、とシュンは違和感を感じる。
ルーセリーナがそれを知らないはずが無いよな、と。
あれだけ妖精と親しく(?)、エルフ自身も妖精の進化系みたいなものなのに、そんな天敵みたいな相手を知らないはずが無い。
「それから、街のものにも余計な事を言うな。 あの森に入るのは冒険者ぐらいだが、余計な不安を煽ってくれるなよ」
そう言って禿頭の男はシュンに釘をさす。
特に知り合いも居ないシュンに話す相手などいないが、態度はともかく言っている事は正しいと感じた。
「すぐにでも討伐依頼を出さなきゃならんからな、まったく頭が痛い……あ、もう帰っていいぞ、ご苦労だったな」
いや、まだ大事な話が残ってる。
「あの、買い取りは?」
結構アテにしていたのだ、早いとこ支払って欲しい。
「あれは証拠品として押収させてもらう、領主に依頼資金を捻出してもらうための証拠品だ」
酷い話だ。 本来なら買い取った上でそうするべきなのに、シュンが自分で倒したわけでは無いと思っている事と、子供扱いされている事が原因だろう。
押収品を売り払って、資金の足しにするのかも知れなかった。
「さあ、子供は家に帰る時間だよ」
そう言われ職員に裏口へと連れられて行く。
「これは情報料と謝礼金だ、遅くなってしまってすまなかったね」
渡された封筒には三千レジドが納められていた。
子供を黙らすには十分な金額という事か。
納得はいかないが、これが買い取り分だと思うほかない。 まあ黒字にはなった。
しかし、さっきの話はそんな金銭の事などどうでもいいと思ってしまうほどの衝撃だ。
(ハルちゃんやラ……ラスコヴィッツ? さんが心配、いや他にも妖精はたくさんいるだろう)
ルーセリーナこの話をしなければならない、急ぎ宿へと戻るシュンだった。
先に宿へと戻っていたルーセリーナは考え込んでいた。
あのブリーデングウルフが出現したという事は間違いなく幽霊狩猟が出てくるだろう。
今日の所はなんとか誤魔化したが、これを知ればシュンの事だ、メツァンハルティアやラスコヴィツェ達を助けようとするかも知れない。
けれども、今のシュンは聖剣も持っていなければ魔法もロクに使えない上、全ステータスが劇的に低下している状況だ。
今日の戦闘で、ルーセリーナの目に追える様な動きであった事がそれを証明している。
そんな今のシュンに幽霊狩猟は荷が勝ちすぎている様に思えたのだ。
ルーセリーナ自身まだ出会った事はなかった。
奴らの出現はそれほど稀というわけでもない、数十年に一度くらいは現れる。
最近では三十年近く前に一つの森を滅ぼした事件があった。
その時は王国が軍を出し数千の兵力でかなりの犠牲者を出しやっと鎮圧したと言う。
この時代のシュンには穏やかに暮らしていて欲しいと願うルーセリーナ。
けれども、意外と勘のいいシュンにはいずれ気づかれてしまうだろう。
(今のうちに打てる手は打っておこう)
そう決めたルーセリーナの行動は早かった。
冒険者ギルド二階の一番奥の部屋。 ここはバージ冒険者組合執行委員会議室だ。
執行委員と言ってもギルド長、財務兼人事部長、情報整理及び渉外担当官、総合事務官の四人だ。
禿頭の恰幅のいい中年の男、つまり先ほどシュンに事情を聞いていた男、ブランケル財務兼人事部長が腕を組み難しい顔をする。
シュンの買い取りを担当した男性職員、ソレル情報整理及び渉外担当官はその様子を見ながら居心地が悪そうになる。
シュンの報告を受けた女性職員、メリティカ総合事務官はブランケルの顔を嫌そうに見る。
ギルド長を除くこの三人が執行委員会の構成員なのだが、この内二人がカウンター業務に就くという、およそ尋常ではない人手不足だ。
メリティカなどは全部ブランケルの所為だと常に悪態をついている。 もちろん本人のいないところでに決まっているが。
この重苦しい雰囲気は、シュンのもたらした情報によるものだ。
これから執行委員会議を始めなければならない……のだが、肝心のギルド長が不在なのだ。
「さて……どうしたものでしょう」
ソレルがまず口を開く。
「どうもこうもない、貴様が領主に陳情しにいかなければ話が始まらん」
「いえ、ですから領主様はギルド長でもないと御目通りもかなわないんですよ」
ブランケルのぞんざいな言葉に、『またか』とソレルの顔がうんざりしたものになる。
先ほどからこれの繰り返しだ。
「もう、事後報告にして依頼を先に出すべきじゃない?」
メリティカがいい加減にしろ、とばかりになげやりに言う。
「報酬だけで一体いくらになると思っとるんだ! 領主の言質が取れんうちにそんな真似ができるか」
ブランケルはギルドの財政事情を鑑みて怒鳴り声をあげる。
バージのギルドは慢性的に現金不足だ。
財政が破綻しているわけではないが、冒険者の数が多すぎる為、支払額がかなりの値になっている。
冒険者達から買い取った素材などを現金化するのにも多少の時間がかかる。
だが支払いは現金でなくてはならない。
高額になる時は後日払いという事になっているが、早く現金が欲しい冒険者達は素材を小出しに得るなどして対応してしまうので、結局は即金と変わらない。
諸々の事情による現金不足で財務の責任者として心労が溜まる一方なのである。
人手不足に現金不足、全てブランケルの管轄なので、常にイライラしてしまう。
「じゃあ、ギルド長っていつ帰ってくるんですか?」
メリティカがこの流れで当然の疑問を口にするが、答えはアテにしていない。
誰も知らないからだ。
ブランケルの顔も暗くなる。
「ブランケルさん、気持ちはよく分かるんですが、どうしようもありませんよ……手遅れになったら、それこそ財政が吹き飛びます」
もし南の森が壊滅という事にでもなれば、今度は冒険者不足で赤字経費になる。
あくまで四方を探索場所に囲まれてのこの町の活気なのだ。
「じゃあ、依頼書作っちゃいますよ」
メリティカの言葉に今度は反論しないブランケルだった。




