第二十話
ルーセリーナは張り切って案内を始める。
森は彼女のホームグラウンドだ、古の“シュラート”なのだ。
二千年前、シュラートは殆ど魔族と変わらない種族だった。 ただそれは、ヒト族から見てという意味だ。
森に立ち入る全てに敵意を向けていたその種族は、樹木の化身とすら考えられていた。
今現在、当時のシュラートはほぼ全滅状態にある。
そのシュラートだが、能力的にはリョースエルフすら足元に及ばないものだ。
その力の一端として、森にいる数多の妖精を使役する事が出来るというものがある。
「メツァンハルティア、来なさい!」
ルーセリーナの呼び声にシュンは目を丸くする。
かなりの大声で……もはや叫び声とすら言えるかもしれないその声量にはシュンも何で急にそんなに怒っているのかと思ってしまう。
「は、はいいい、ルーセリーナ様お久しぶりでございますうう!」
ルーセリーナと同じぐらいの背丈で、見た目はもうちょっと年上くらいの灰色の髪の少女が現れた。
葉っぱや木の皮で作った様な服を着ている。 なぜかいきなり土下座で登場だ。
「こ、こんな森にお越し頂いて光栄ええええええええ! え?え? ルーセリーナ……様です? よね? ど、どどど、どうなってるんですかその姿は!!」
顔を上げた途端に驚きすぎて、どもりまくりの少女。
メツァンハルティアとはシュンも聞いた事がない妖精だった。
お越し頂いてと言うからにはこの森に住み着いているのだろうが、ルーセリーナとは既知なのだろうか。
「落ち着きなさい、今からワタシがシュン兄ちゃんをエスコートするから貴女は道を作りなさい。」
そう言って、今までの進行方向の右手を指す。
「いやいやいや、そんな何を言ってるんですか、落ち着けるわけないじゃないですか、あの貫禄のあったルーセリーナ様がどうしてこんなにちんまい事に……」
ルーセリーナの目が怪しく光る。
「はい、かしこまりました! お任せ下さい」
背筋を伸ばしてそう言うと、ルーセリーナの指示通りの方向に向けて手をかざす。
「我が歩みを妨げるものなし」
メツァンハルティアの言葉に従い、草木が動き出し道を形作る。
道が出来ていた。 今まで歩いてきたのは一体何だったのかという立派な道だ。
「いかかでしょうか」
ピンと張った背筋のままメツァンハルティアは敬礼でもするかの様にルーセリーナに向き直り裁可を待つ。
「まあ良いでしょう、さ、シュン兄ちゃん行こ」
「お、おう」
(そう言えばルーちゃんって偉いエルフなんだよなあ)
子供同士のごっこ遊びにも見えたそれは、れっきとした上位存在達の厳しい上下関係だ。
ルーセリーナは最早エルダーエルフと呼んでも良い位だろう。
もっとも、シュンに良いところを見せようと偉ぶる姿はまるっきり子供みたいだが。
「あのー、わたしは……もう帰ってよろしいので?」
恐る恐るルーセリーナに伺うメツァンハルティア。
「ふむ、そうですね……」
考え込むこと暫し、結論を出す。
「ワタシとシュン兄ちゃんの冒険を邪魔されたくないから帰って良いよ」
コロッと口調を変えニコニコと酷いことを言う。
「こら、ダメだよルーちゃん、ちゃんとお礼を言わないと」
親しき中にも礼儀あり、どんな関係かは問題じゃない、助けてもらったら感謝の意ぐらいは示すべきだ。
どれだけ偉くとも“ありがとう”くらいは言うものだ、って言うかそんなことも言えない奴は偉くなんてない。
「えーっと……メチャンコハレテラさん君のおかげで助かったよ、ありがとう」
メツァンハルティアだ、シュンも大概失礼である。
確かに一度聞いたぐらいでは覚えにくい名だろうが、別に天気の妖精ではない。
「誰が天気の妖精だ! ってルーセリーナ様をそんな呼び方するなんてアナタ何者ですか!」
「シュン兄ちゃんはワタシのお兄ちゃんで、将来を約束した人だよ」
「???」
何だその紹介は、メツァンハルティアも混乱している様だ。
「ルーちゃんとは昔馴染みなんだ」
シュンは簡単に説明する。
「ルーセリーナ様と昔馴染みなんて……アナタどう見ても子供じゃないですか」
余計に訳が分からなくなるメツァンハルティア。
話が終わらないので、二千年の事を話す。 『そんなの信じられません』と言う当然の反応はルーセリーナの『ワタシ達が嘘をついているとでも?』と言う視線でなりをひそめる。
「まさか、あの伝説の人間が生きているなんて……」
シュンはくすぐったい思いをしながらも、実際の自分の功績なので胸を張る。
もちろん自分だけの、では無いが。
妖精などは積極的に魔族に狙われていたわけでは無いが、その進行により住処を奪われたものも多い。
世界の支配権がヒト族だろうが魔族だろうが妖精族には関係無いが、魔族は苛烈に過ぎる。
支配がヒト族になり良かったと妖精族は思っている。
それは良かったのだが、今この場にルーセリーナがいて太古の勇者がいてというのはメツァンハルティアにとっては何か良く無いことに思えた。
“森の守護者”とまで呼ばれたこの妖精もルーセリーナの前では形無しなのだ。
きっとロクなことにならないから、早く帰りたかったのだが、引き止められてしまった。
「そうだねシュン兄ちゃん、ルーがうっかりさんだったよ」
だから何なんですかその話し方は!と心の声を上げつつも表面上はおくびにも出さない。
ただ嫌な予感だけが膨らんでくる。
「じゃあハルちゃん、お礼に何して欲しい?」
だから何なんですかハルちゃんって! メツァンハルティアはもう悲鳴をあげる寸前だ。
このまま帰らせて貰えるのが一番の褒美だ。 とは言えない。
「い、いやー、そんな恐れ多いですよ、ルーセリーナ様からお礼だなんて……いやホントわたしみたいな虫ケラにそんなに気を使わないでください。」
卑屈にも程がある態度で固辞するメツァンハルティア。
「いや、ハルちゃん俺からも何かさせて欲しい。」
「だから、誰が季節の妖精だ!」
シュンは実のところ、単純に人の良さでお礼がしたいと言っているだけでは無い。
他に狙いがあったのだ。
助けてもらった妖精には申し訳ないとは思うが、これは降って湧いたチャンスなのだ。
このまま話していればいずれその時は訪れる。 そう確信していた。
「えーとじゃあ、何て呼べば良い?」
「別に呼ばなくていい! 大体それは種族名でわたし個人に名前なんて無い」
じゃあ何でルーセリーナに呼ばれて出てきたんだよ、当番制か?
などと思うシュンだが、いちいち突っ込まない。
「じゃあ、やっぱりハルちゃんが名前でいいじゃないか」
「名前……わたしの名前」
「そう、君の名だ」
「良かったねハルちゃん」
「まあ、ハイ……一応嬉しいです。 その、ありがとうございます」
まだこれでは駄目か、とシュンは歯噛みする。
「じゃあ次はワタシからだね」
「もうホント勘弁してください!」
とうとうメツァンハルティアは半泣きになる。
ココだ! シュンは素早い動きでタオルを取り出しその涙を拭く。
“妖精の涙” シュンの狙いはこれだった。
「君に涙は似合わないよ」
などとキザなことを言い誤魔化す。
ネクタル精製に必要な材料の一つが手に入ったのだ、多少テンションがおかしくなっても仕方ないだろう。
「な!」
顔を真っ赤にするハル。
怒らせちゃったかな? と反省するシュンだが、目標を定めたからには全力投球。
そういう事が身に染み付いているため、後悔はなかった。
「もおおおお!何なのさああああ!」
と言う叫びを残しハルは消え去ってしまった。
「……変なコ」
ルーセリーナがそれを言ってはいけない。
「でも助かったじゃないか、感謝しようよ」
その後シュン達は無事四十束もの薬草の採取に成功した。




