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第十九話

見たところ少年はシュンとそう変わらない年齢に見える。

随分と気が立っているのか威嚇する様にシュンを睨みつける少年、その後ろに隠れる様にして少年の服を引っ張る少女達。 どうやら少年を止めている様だ。

しかし、止まる様子のない少年は畳み掛けるようにシュンに詰め寄る。


「今しまった物を出せ、ここはオレらの縄張りだ」


縄張り……そんなものまであるのかとシュンは驚く。

ギルドの説明や情報を集めた時にはそんな話は誰もしていなかったので、彼らが正当な主張をしているのか言い掛かりなのか判断がつかない。

けれど、少女達は少年を引き止めているので、正当な主張である可能性は低いような気がした。


「これは猛毒だよ、危ないから触らないほうがいい」


シュンは素直にジキシニン草をみせる。

ジキシニン草はネクタルを作り出すレアプラントだが、猛毒なのは本当だ。

触れただけでどうにかなるわけではないが、葉で肌を切ろうものなら、ひいらぐ様な痛みが長引き、下手をすれば高熱に浮かされる事すらある。

経口摂取しなければ命を脅かすほどではないが、体力のない子供や老人はなるべく触れない方がいい物ではある。


「葉っぱで指を切ったりすると結構痛いからな、こんな物が生えてる所を迂闊に歩かない方がいいぞ。」


シュンは親切のつもりで言ったのだが


「ヘっ、そんなモンちょっと痛えだけだ、ビビらそうったってそうはいかねえぞ。 オマエこそビビってんだったらどっか行けよ」


脅しのネタにしていると思ったのか、さらに少年はシュンに語気を強める。


「あ…あの……」


引こうとしない少年に諦めたのか、少女の一人もおっかなびっくりシュンに話し掛ける。


「ここを、荒らされると困るんです……」


そうビクビク話し掛けられるとシュンも対応に困る。

何を言い返しても『ひい、すいません』とか言ってきそうだ。 もう一人の少女は少年の服を掴んだままシュンを見ているだけで、何も言わない。

目にうっすら涙まで浮かべている。


シュンはクエストで薬草を取りに来ただけで、別にこの辺を荒らしまわるつもりはない。

そもそも採取したのは薬草ですらなく毒草だ。 ルーセリーナですらネクタルを知らないのだから需要があるとは思えない。 人殺し目的とかなら別かもしれないが。


「だいたいオマエ、そんな毒取ってどうする気だ、ガキが調子乗ってんじゃねえぞ」


自分もそう変わらないだろうに、シュンはガキ呼ばわりに少々カチンときながらも、それこそ子供相手にムキになる事も無い。


「俺は冒険者だ、ここでクエストの薬草が無いか調べてただけで、毒草(これ)は珍しいから何となく摘んでみただけだ」


似た様な年代なら言葉遣いも気を使う必要は無いだろうと、強目の語気を孕んで言い返すシュンは、若干ムキになっていた。

すると、 シュンの言葉に少年少女の目付きが変わる。

今までよりもさらに敵意に満ちた目だ。


「ガキが気取ってんじゃねえ、冒険者だってんだったら森にでも入ってろ!」


「わ、私たちだってここで薬草を取りに来てるんです」


「……」


一人は未だに無言だが、シュンは事情を理解しつつあった。

彼らはよくここへ薬草の採取に来ているのだろう。 しかし見ない顔が先に来ていてコソコソ何をやってるのかと思えば薬草採取に来た冒険者だと言う。

おそらくここは安全な薬草の採取ポイントなのだろう、見晴らしがいいので何か危険が迫っても察知するのは容易だ。

二人が採取、一人が見張りなどで役割分担すれば安全性はより高まる。

身なりなどから裕福とは言い難いのが見て取れる。ここでの薬草採取が大事な収入源になっているのだろう。

そこで冒険者を名乗る子供が同じ物を探していればこの敵意も分かるというものだ。

そう思えば、この態度もカワイイものに思えてくる。

この少年も彼女らの兄なのかもしれない、そうであればシュンと同じ立場だ。


「それは悪い事をしたな、俺もここは初めてで勝手が分からなかったんだ、大人しく森に行ってくるからそんなに怒らないでくれよ」


元々この場所にこだわっていたわけでもなく、森の方へは行くつもりだったのだから特に未練も無い。


「……森……危ないよ」


今まで喋らなかった少女がシュンを心配してか、初めてそのか細い声を出す。

子供が二人で森に行くというのは確かに危ない行為といえる。

だからこそ彼女らはこの場所にこだわるのだから。


「ほっとけよニーナ、行くっつってんだから行って痛い目みてくりゃいいんだよ」


憎まれ口を叩く少年だが、『痛い目をみる』と脅せば諦めるとでも思っての言葉だろう。

何せちょっと痛いだけの毒草にビビってる、とシュンの事を思っているわけだから。


「心配してくれてありがとう、でも大丈夫だ」


強がりでも何でもなくシュンが言うと、『ケッ、勝手にしろ』と言って少年はそっぽを向く。


シュンはルーセリーナと連れ立って再び森の方へと進み、歩きながらも考える。

森が危険だと言う事であれば、やはりモンスターの類でも出るのだろう、あるいは獰猛な獣などもいるかも知れない。

一応護身用の武器はあるし、ルーセリーナも落ち着いた様子だし問題無いだろう。

切り札である陣紙もあるが、値段を考えるとなるべく使いたくは無い。


ここでシュンにある考えがよぎる。

ネクタルを作ってみるというのはどうだろうか、というものだ。

製法は知っていても、材料を揃えるのが難しいと言うのがネックになるが、その存在を誰も知らないのであれば、案外安く揃えられるかも知れない。


挑戦する価値はありそうだ。 ジキシニン草もここで取れるのだとすれば何度でも試せる。

一番手に入り難いものがこの毒草なのだから、それなりに現実的だろう。


明確な目標が出来ると俄然やる気が出てくる。

先ずは今日のクエストをキッチリこなして勢いをつけるとしようと意気込むシュンは、間近に迫る森に気づく。

考え事をしながら歩いていた為気付くのが遅れたが、もうこんなところまで歩いてきたのかと思うと時間が気になった。 街の門限があるから太陽の位置は常に確認しないといけない。

今はまだ中天を超えたかどうかという位置だ、昼をちょっと過ぎた位だろう。


「ルーちゃん、ちょっと休憩してお昼にしよう」


ルーセリーナは中身が老婆で見た目は幼女、シュンは体力的な面を心配して昼休憩を取る事にする。


「わあい、さっき買った携帯食を食べるの? ルーこういうの初めて食べる。」


元気そうだったが、油断は禁物だ。

それほど腹に溜まるようなものでは無かったが、食べておけばだいぶ違うだろう。

道具屋に売っていた携帯食は、パンで燻製肉と野菜を挟んだもの……要はサンドイッチだった。


ルーセリーナが嬉しそうに食べているのを見て、シュンもほのぼのした気持ちになる。

もっともルーセリーナとしてはサンドイッチもさる事ながら、シュンと一緒に草原で食事をするという事が嬉しくてたまらないのだ。

ルーセリーナは二千年前からシュンとこういう事がしたかったのだ。

当時の情勢ではそれは叶わなかったが、長生きはするものだと自分がエルフである事に感謝した。


ルーセリーナは今幸せだった。

こうしてシュンと二人で冒険者をやれるだなどとは、望んだ事すら無かったのだ。

シュンの背中を追いかけ後ろから付いていく。 シュンの判断、行動に従い声をかけられれば返事をする。 こんなに幸せな事はない……ルーセリーナは幸福を噛み締めていた。


腹ごしらえを終わらせたシュン達は森の中へと分け入っていく。

獣道よりはマシという程度の、多くの冒険者が踏み締めて出来たのであろう道の様なモノをシュン達もなぞる。

これに沿っていけば薬草などの生えているところに行ける気がしたからだ。

闇雲に森の中を彷徨うよりはまだしも可能性は高いだろう。

そう思っての事だったが、それでもまだ甘かった様だ。


進めども進めども一向に薬草など見つからない。 ここを通る冒険者達が行き掛けの駄賃にと摘んで行ってしまっているのかも知れなかった。

いっその事陣紙に“薬草探知”とか書いてしまおうかと、勿体無い事を思ってしまうが、当然そんな事はしない。 陣紙は高いのだ。


このままではラチがあかないだろうと、道を逸れてみる事にする。

エルフのルーセリーナがいれば森で道に迷うこともないだろうとアテにして。

カッコ悪いが背に腹は変えられない。

元々シュンは、この世界では戦闘関係の経験ばっかりで、こういった探索などした事はないのだ。


「ルーちゃん、道を逸れてみたいけど案内は頼めるか?」


「マッカせてシュン兄ちゃん! そんなのお茶の子さいさいだよ」


実に頼もしい言葉だった。



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