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第十八話

スタートする訳だが、その前に準備を整えなくてはならない。

昨日のうちにギルド提携の道具屋は見つけておいたので、そこで揃える。


用意した道具は、採取袋に伐採用の鎌、タオル、軍手、携帯食、膝当てと護身用に(なまくら)だが短剣をそれぞれ二人分、計千八百レジドの支出だ。

順調に資金が減っていっているが、必要経費なので削る訳にはいか無い。

ともあれ、これで準備は整った。 さて街を出ようかという時


「シュン兄ちゃん、“陣紙”は買わないでいいの?」


と聞いてきた。


陣紙……シュンには聞き覚えの無い言葉であるが、それこそはルーセリーナがシュンの漢字魔法を使う時に使用していたものである。

ルーセリーナの経験上、あるヴフェイム産のエルフ麻で作られた紙が一番相性が良いと思っているが、他の物でも使用できないわけでは無い。


陣紙とは、文字通り魔法陣を書く為の紙のことである。

魔法陣は通常巨大なものになりがちで、普通は地面などに描くのが一般的になるのだが、最大効果を求めなければ小型化は可能である。

その小型化した魔法陣を描く紙の事を陣紙と呼んでいる。


もちろん普通の紙では無い。 紙に使用している繊維が魔力を保持しやすい物である事が条件で、製紙段階で魔力を込めなくてはいけない為、後加工が出来ない代物だ。

出来上がった陣紙は、紙とは言えかなり丈夫で、燃えにくく水も弾くといった特徴があり、紙の弱点が無くなった紙であるが、高価であり、なおかつ使用期限が存在する。

繊維に含まれた魔力は日とともに目減りしていく為だ。


「ルーちゃん、陣紙って?」


「それにシュン兄ちゃんの漢字を書けば魔法が使える紙だよ」


簡潔なルーセリーナの答えに、シュンはそんな手があるのかと感心する。

カードを作った時、ステータスでは魔力が《1》になっていた為、封印中に吸い尽くされてしまい、もう魔法の類は使えないかと思っていた。

……それまでは使えなくなってるとは思ってもいなかったので、正直気落ちした。


しかし、そういった道具の力を使えばまだ可能性がある事が分かり、今後の冒険者生活が開けてきそうな事に期待を抱いた。


「そりゃあ凄い、でもさっきの店では売ってなかったなあ」


「陣紙は多分魔法屋で売ってるんだと思うよ。」


魔法屋……確か昨日見た事がある。 シュンは記憶を探りその店があったと思わしき場所へと足を運ぶと


【魔法屋 シュラインガーダー】


と、そう書かれた店を発見する。


なにやらシュンは懐かしいような、見慣れたような複雑な気分になる。


「ルーちゃん、この店の名前って」


「うん、シュン兄ちゃんの事でしょ?」


……シュンの黒歴史が蘇る。

魔族との戦闘の折、一度だけ自分の名字『護堂』を英訳して二つ名として名乗ってしまった事があった。 中二病過ぎて、すぐにシュンはこの二つ名を封印した。

まさか自分は封印されていたのに、二つ名は残されていたとは皮肉なものだった。


ルーセリーナがこの二つ名がシュンのものだと知っているという事は、少なからずシュン自身のことが言い伝えられているという事になる。


ルース達は全く知らなさそうだったので、そう大した言い伝えでは無さそうだ。

しかし、こうして店の名前として堂々と看板に使われているのだから、知る人ぞ知るみたいな感じなのだろう。


「シュン兄ちゃんの名前をあれ以降聞いたこと無いけど、強大な陣魔法の使い手って話でこの名前は聞いたことがあるよ」


陣魔法を使う者自体は少なくは無いが、使い手などと呼ばれる者は聞いたことが無かったルーセリーナは、すぐにシュンの漢字魔法の事だと気付いた。


シュラインとは聖堂の事なので、“聖堂の守護者”となるが、教会関係に似た様な名称の個人や団体が多いので埋もれてしまっている。


この名を知っていて魔法屋の店名に使うとは『図々しい』とも『やるな』とも思うルーセリーナ。


「まあ良いや、とにかくその陣紙が売ってるか覗いてみよう」


上手くいけば大幅にこれからの計画を前倒しに出来る。

そう思ったシュンだったが、やはり甘く無かった。 一番安い物で銀貨四枚もしたのだ。

シュンは清水の舞台から飛び降りる気持ちで一枚購入した。

これは本当にいざという時にしか使えないとシュンは思うが、上手く使えれば安いモノと言えるかもしれないとも思った。


昨日からの出費は、昼食銅貨六枚、服で銀貨二枚、宿で銀貨一枚銅貨五枚、準備代銀貨一枚大銅貨八枚、陣紙と合わせて銀貨八枚に大銅貨九枚、銅貨一枚にもなる。

つまり報酬二万五千レジドに対して支出が八千九百十レジドだ。


初日でこれなのだから、シュンも気が重い。

よくよく考えてみれば昨日ルース達から貰った報酬はかなり破格だと言える。

シュンの彼らへの感謝は尽きる事がなかった。


子供のフリをして情報収集をしたところ、薬草はこの町の南の平原や、小さな森に自生しているとの事だったので、昨日とは逆の南門から街を出る。


のどかな光景だった……目の前に広がる平原の先には森が見える。 小さいと聞いていたが遠目に見ても別にそうは見えない。 おそらくソロンの森と比べての事なのだろう。


「ここで薬草を探すのか」


シュンは自分の考えの浅はかさをいきなり思い知らされた。

自分の力を過信していた。 ロクな依頼が無いから薬草採取でもいくらかマシだ、などと思った自分は大馬鹿だと思った。


こんな何の目印も何も無いところで、あの小さな薬草を見つけなくてはならないのだ。

シュンは呆然と立ち尽くす。


「シュン兄ちゃん?」


ルーセリーナがシュンの顔を下から覗き込む。


シュンはハッとなり、気を取り直す。


ルーセリーナにみっともない所を見せるわけにもいかない。

今はお兄ちゃんなのだ、絶対に自分よりしっかりしているルーセリーナの前で、虚勢を張るのも虚しいが、頼りなく思われたくは無いと気合を入れ直す。


「いや、何でも無い……じゃあ行こうか」


こうなったら気が遠くなりそうとか言っている場合じゃ無い、しらみ潰しに探していくしか無いだろう。 大体生えていそうな所に見当はつくのだ。


風通しの良い場所で直射日光の当たりにくい場所……殆どの植物に当てはまりそうだ。

つまり多くの草花が集中している所を狙ってみれば良いのだ。

時間はかかるが仕方ない、泣き言は後にする。


平原では道がきちんと整備されており、森の方に向かう道もあった。

そちらの方を選んで歩き進むと、遠目では分からなかったが段々と道の脇の草花の丈が高くなってきているのに気付いた。


少々気になったので、何気なく掻き分けてみる。

特に薬草はなかった……今回必要とされている、ポーション材料の薬草は無かった。

代わりに猛毒の“ジキシニン草”を見つける。


シュンは驚いた、こんな希少なものがこんな街近くの道沿いの草むらの中に混じって自生しているなんてあり得ない事だからだ。


「あ、シュン兄ちゃん危ないよ! それ毒だよ。」


ルーセリーナが注意を呼びかける。 どうやら彼女も知らないようだ。


“神薬ネクタル” そう呼ばれる最上級の薬がある。

エリクサーなども最上級のポーションとして有名だが、これは次元の違うものだ。

エリクサーの効能は、怪我や体力魔力状態異常の全回復といった破格のものではあるが、ネクタルにはそれと同じ効果があり、さらにその時に異常を発生していた部分を超回復させるという効能まで付いている、 つまり、大怪我をしてこの薬を飲めば、大幅なパワーアップが見込めるのだ。


「ルーちゃん、ネクタルって知ってる?」


存在くらいは知っているはずだ思い聞いてみた。


「何それ、ジュース?」


知らない様だった。


そこから考えられるのは、あの時以降ネクタルの存在が知られていないという事だ。

どういう経緯でそうなったかは分からない。

けれども、ルーセリーナが知らないのなら、知っているものの方が少ないだろう。


シュンは、無視はできずに回収しておく事にする。


「ルーちゃん、スプリングウォーターって使える?」


どうやら割と一般的な魔法だったらしく、普通に使えるとの事だった。

地面にタオルを置き、魔法をかけてもらいタオルを濡らし、適度に絞り茎から伐採したジキシニン草を包む。


それを採取袋にしまったところ、背後から誰何する怒鳴り声がえが聞こえた。


「おい!誰だそこで何をしている」


見ると一人の少年と二人の少女がいた。


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