第十七話
冒険者ドンベルは不器用な男だった。
裕福な両親のもとに生まれたが、四男三女の三男坊……三人の兄と姉、六番目の子でおまけに末っ子の弟が天才という、実に埋もれた生まれがまず不器用の始まりだった。
学校に通い、五十人中十八位という悪くは無い成績だけれども特筆すべきほどでもなく、またその学校も別に名門というわけでもなく、良くある貴族の私塾的な扱いの学校だった。
自分の元に有能な部下が欲しいと思うのはどこの貴族にも共通した思いなので、私財を投じてでも人材を育てたいという貴族は珍しくはない。
そんな貴族の私塾の一つを微妙な成績で卒業しても誰かの目に止まる事はなかった。
しかし彼には恵まれた体躯と厳つい容貌が有り、それが彼の人生を決めた。
それが冒険者である。
剣術、武術、魔術、算術、今の時代これらに秀でていないと出世は覚束ない。
全てにおいて凡庸よりは少し上にいた彼は、自分の活かし方を冒険者という定職と言うには少々憚られるものに求めた。
特化型がもてはやされ易い業種ではあるが、実の所、長く続けるには堅実な万能型の方が合っているものだった。 詰まりは総合力が大事な業界なのだ。
固定パーティーには参加していないドンベルだが、不器用ながら堅実に役割を果たす彼は着実に実績を重ね、その風貌も相まって一角の冒険者としてこの街では通っている。
彼自身は、言葉遣いこそ侮られぬ様荒めに意識しているが、勤勉で心優しいとまではいかずとも常識的な精神の持ち主である。
然しながら言動とその実力故に、まだ三十代に手の届かない年齢でありながら、荒々しく気難しい昔気質の冒険者であると思われている。
ドンベルはその勤勉さ故、依頼は特に無くとも毎朝一番にギルドに行き、受ける気は無くても掲示板に目を通し、クエストカウンターで世間話や情報収集をこなし、不味いと評判の“ギルド飯”を食べて日がな一日を過ごしている。
そのライフスタイルが彼の評判にまた一役買っているのだ。
今日もまたドンベルはいつもの通りにしていたところ、珍しいものを見た。
十歳かそこらの少年が一人でこんな早い時間に、クエストカウンターに立っていた……自分が退いたカウンターにだ。
年若い冒険者は少ないが、特に珍しいと言うほどではない、しかしその少年は一人で、しかも自分で依頼を受けようとしている様だった。
普通若い冒険者というものは、年長者とパーティーを組み経験を積むものだ。
何故なら、受けられる依頼がロクなものがないからだ。
こういう商売を目指すものは、ロクデナシか夢見がちな連中と言うのが相場だ。
派手なモンスター退治だの一攫千金ダンジョン攻略だのを目的にする奴らばかりである。
悪いとは言わない。 そういう商売だし、自分の命を賭けるのだから好きにするがいい。
然し、誰もやらないが、だからこそこんな所に依頼がくる街の雑用仕事を熱心に聞いていた。
ドンベルは感心した。 不器用な自分と被る部分を見た気がしたし、あんな年でちゃんと冒険者に登録し、然も雑用すら厭わない貪欲さに。 もっとも受けられる依頼はその位だろうが。
見所のあるガキがいたもんだと素直に思った。
ここ数日出払っていたので暫くは依頼を受ける気はしなかった為、ギルドのマズ飯を食い、いつもの様にやってくる面々を眺めていた所、今朝見たガキが再度訪れた。
気の荒い連中が多いこんな場所に女連れで……多分妹とかだろうが、現れやがった。
変な趣味のやつだっているだろうに、世間しらず過ぎるだろうと老婆心を出したドンベルは、実に不器用な助け舟を出した。
「おい小僧、此処をガキの遊び場と勘違いしてんのか」
自分が先に声を掛けることで周りを牽制したのだ。
案の定周囲からざわめきが聞こえる。
此処でどういう対応を取るかでこの小僧の命運が決まる。 舐めた対応をしようものならドンベルにも対面と言うものがある。 キツイ教訓をくれてやらねばなるまい……そうならない事を願いながら、少年少女を睨めつける。
賢い少年だった。
彼の対応はドンベルが軟化するには十分なものだった。
お幼い妹を庇って間に立つ度胸に、丁寧な言葉遣い。 謙虚な姿勢にこちらを立てようとする態度。
自分が引くには申し分のない対応だった。
これで自分が引き下がれば、この後彼らにちょっかいを掛ける連中は減るだろうと確信し、満足した彼は、いつもの自分の座る椅子に戻り今日ものんびりと過ごすことにする。
そんな事情は知らないシュンは、トラブル回避にホッとしていた。
ルーセリーナが不穏な空気を醸し出していたので気が気では無かったからだ。
ルーセリーナは見た目はアレでも、海千山千の猛者なのだ。
その実力の程や、現在の気性は知らないがドンベル程度の小僧をどうにかしてしまうのは、文字通り赤子の手を捻る様なものに感じられていた。
「ルーちゃん大丈夫?」
機嫌は直ったかい? というつもりで聞いてみると、
「うん、怖かったけどシュン兄ちゃんがいたから平気だったよ」
と、無邪気に嘘をついてくる。
シュンは『あ、そう良かった』と、乾いた返事しかできない。
その後、奇異の目で見られながらも列に並び順番を待つこと暫し、今朝話した受付嬢の前に立つ。 もう一つのカウンターに並んでも良かったのが、こちらの方が多少空いていたのだ。
「すいません、薬草採取の依頼が受けたいんですけど……ありますか?」
今朝確認したのだが、念を押してみる。
「薬草採取依頼ですね、では番号でお呼びしますのでこの札を持ってお待ち下さい。」
暫く待ち、自分の札の番号を呼ばれたシュンが返事をすると、別の係の者が現れ依頼書を手渡す。
若い男の係員がシュンに簡単に説明した所によると、同じ種類の薬草を最低二十揃えて提出しなければ報酬は出ないとのことだった。 報酬と言っても要は買取価格という事だ。
期限などの特に無い依頼ではあるが、何日も掛かったりして枯らしてしまった物は数に入れないとも言われた。
薬草と一口にいっても何種類もある。
傷薬に使われる物や病気の治療に使われる物などだが、此処での薬草とはヒールポーションの原材料になるものを指す。
シュンとてそれは知っていた。 二千年前にだってそれはあったのだから。
今でも同じものかは分からないが、その辺はルーセリーナが詳しいだろうから後で聞いてみることにして、依頼を受ける。
二千年前は殺伐とした殺し合いの旅だった。 けれど、これから始める事はそんなモノとは無縁でありたい。
シュンの新たな決意を秘めた冒険の、その一歩目がスタートしたのだ。




