第十六話
一晩明けて次の日
ルーセリーナはよく寝ている。 相当の魔力を昨日の若返りに使った反動だろうか、大分お疲れの様だ。
日の出から幾ばくかの時が過ぎ、宿の窓から道行く人々がチラホラと見え始めてきた。
早速だが、今日からでも仕事を始めなければならない。 ここの宿代もそう高いものではなかったが、二人分の料金がかかるし、冒険者をやるとなれば道具や武器防具代などもかかるかも知れない上、自分がどのくらいの稼ぎを出せるかも未知数だ。
一応は子供料金の様な感じで割引をしてもらったが、それでも動き出すのは早いほうがいいだろうーーそう考えたシュンはルーセリーナの布団話かけ直し、宿となっている食堂の二階から下へ降りる。
「あらー、おはよう、早起きねー」
一階へ降りると宿兼食堂の女将である中年の女性がノンビリと声をかけてくる。
「おはようございます、仕事探しにちょっと早めにギルドに行ってこようと思いまして」
「まだ小さいのに、妹さんのために偉いのねー」
シュンとルーセリーナは兄妹という事にしてある。
耳さえ隠せば人間の女の子にしか見えないし、髪が長く耳も小さいルーセリーナなら隠すのは容易だ。
その方が変に勘ぐられることもないとの考えからの事だったが、子供二人旅の時点で奇妙に思われてはいるだろう。
それ自体はどうすることも出来ないので、事情があるとだけ言って誤魔化すしかない。
「一度顔を出してみてからすぐ戻ります。 もし妹が起きてきたら伝えておいて下さい」
ルーセリーナは見た目は幼女だが中身は高齢だ、宿で一人で待つぐらいで不満は言わないだろう。
「分かったわ、しっかりしたお兄ちゃんだねー」
「ありがとうございます。 では行ってきます」
「気をつけるのよー」
ここからギルドまではそう大した距離があるわけでもない、数人の通行人とすれ違うがそれほど奇異な目で見られる事もなく目的地に到着する。
すでに先客がいて、二つのクエストカウンターは埋まっていたので掲示板の方に向かう。
元々どんな依頼があるのかを、ちょっと確認しに来たシュンは特段気にする事もなく掲示板を眺める。
壁に掛けられた大きめの掲示板には、所狭しと依頼書が貼り付けてある。
様々なモンスターの討伐依頼や、素材の買い取り依頼から捕獲依頼などモンスター関係の依頼が多い中、薬草などの収集や街の雑用と言ったシュンでも受けられそうな依頼も見受けられた。
それぞれの依頼書には、必要レベルと推奨レベルが書いてあり、これがきっと昨日ルースの言っていたスキル云々の話なんだろう。
恐らくは、必要レベルギリギリでもそれに合ったスキルを持っていれば審査を通りやすくなるとかに違いない。
対して、それ以外のものはレベルフリーと書いてあるものが多い。
レベルニでも受けられるかもしれないが、当然報酬は低いので数をこなさないと生活費にするのは難しそうだ。 受ける人がいるのか疑問だ。
シュンは贅沢を言えるレベルでは無いので、こういうのをこなしながらレベルを上げるなり信頼を得るなりしていくしかない。
ふと見るとカウンターはもう空いていた。
誰かに先を越される前に少し早歩きでそちらまで行き、声をかける。
「おはようございます、僕でも受けられる依頼ってありますか?」
冒険者カードを提示して、そう質問してみる。
受付嬢は少し意外そうな顔をした後、冒険者カードを確認してから営業スマイルを浮かべて答えてくれた。
「そうですね、あなたのレベルですと……薬草の採取や、街の雑用ぐらいでしたらお受けする事が出来ますよ」
態度は丁寧だが、此方を子供と思って侮っている感じがありありと窺える。
無理も無いことだが、気分のいいものでは無い。
然も、さっき自分でも思っていたことをほぼおうむ返しに言われてしまっては尚更だ。
とは言え仕事をもらう立場で、あまり相手の機嫌を損ねたくは無いシュンは、年相応の無邪気な笑顔を浮かべ、
「あるんですね、良かった」
と答える。
実際 何も無いなどと言われるよりはマシだ。
報酬が低いとは言え、最低でも食費だけは何とかしないとルーセリーナを飢えさせる事になってしまう。
それは仮とは言えお兄ちゃんのすることでは無い。
聞けば、街の雑用は荷物の配達や溝さらい、ゴミ回収の手伝い、店のチラシ配りに失せ物探しと、冒険者と言うよりはアルバイトみたいなものだった。
何と言うか、人の為にはなるんだろうけれど、シュンの考えていたものとちょっと違う。
確かに下積みは必要だろうが、これではただの便利屋みたいで、冒険者としての信用や信頼を築くと言うには程遠い事に思える。
モンスターの討伐などはともかく、ここはやはり街の外に行く仕事……薬草採取などが良いかもしれない。
もし外に出るならルーセリーナにも伝えないといけないので、シュンは一度出直す事にした。
宿に戻ると一階の食堂でルーセリーナが待っていた。
「シュン兄ちゃん、置いてくなんて酷いよ」
開口一番苦情が出てきた。 見れば朝食にも手を付けずに待っていた様だ。
一緒に食べたくて待っていたのだろうと、シュンも気を使って起こさなかったとは言え申し訳ない気持ちになる。
「ごめんよルーちゃん、後でまた行くから一緒に行こう」
「うん」
シュンの誘いに、すぐに上機嫌になるルーセリーナ。
するとすぐにシュンの分の朝食が運ばれてきたので、冷めてしまったルーセリーナの分と交換し、食事に取り掛かる。
それにしてもルーセリーナは昨日若返ったばかりであるのに、完全に年相応の話口調になっている。 どころか、より幼くなっていっている様な気さえする。
兄妹設定を考えれば悪いことではないのだが、シュンとしては『これで良かったのだろうか?』という気分になってしまう。
「ごちそーさまー!」
ルーセリーナが食べ終わり、程なくシュンも朝食を終えると宿を出てギルドに向かう。
昨日の段階で三日分の宿泊費を払ったので今日明日の寝床の確保の心配はないし、一泊二食付き子供料金二人分で締めて銅貨三十五枚分の三百五十レジド。
食事の内容を考えれば安いと言えるが、三日分で銀貨が一枚消える。
昨日の買い物も合わせると、銀貨三枚に銅貨十一枚を消費しているので、残りは金貨二枚に銀貨が一枚で銅貨が八十九枚、もっとも、銅貨は十枚分の大銅貨というものがあるので、シュンはそちらを持っている。
つまり二万一千八百九十レジドが現在の所持金なので、十日やそこらは余裕があるだろう。
けれど朝見た依頼書で、出来そうな依頼の報酬は二百レジドだった。
これではいずれジリ貧になるのが目に見えている。
少しでも早くレベルを上げて報酬の良い依頼にありつきたいのだが、モンスターを倒す事によってレベルが上がるという事では今の所どうにもならない。
埒のあかない悩みを抱えながら再びギルドに到着すると、ギルドは結構混雑していた。
当然カウンターは埋まっており列まで成していて、出直したことを後悔したがルーセリーナを放っておくわけにもいかなかったので仕方ない。
通りを歩くのとは違い、多くのネガティヴな視線を感じる。 そのほとんどは『何だこのガキ』であろう事は被害妄想ではないだろう。
まして今回はルーセリーナも一緒だ。 あまりにも場違いな感じである。
「おい小僧、此処をガキの遊び場と勘違いしてんのか」
いかにもそういう事を言いそうな風体の男がシュンに絡んでくる。
スゥっと、ルーセリーナの愛らしい目が剣呑な雰囲気を出し始める。
……『不味い』『怖い』そう感じたシュンは、慌ててルーセリーナと男の間に体を割り込ませ二人の視線を遮ると、弁明を始める。
「いえ、僕は昨日から冒険者になりましたシュンと言います。 よろしくお願いします先輩。」
男はキョトンとして、シュンの後ろのルーセリーナを窺うと
「おう、そうだったのか。 コイツァ悪い事を言っちまったな、俺ぁドンベルっつうもんだ、礼儀のなってるガキは嫌いじゃねえ……まあ頑張んな」
すわ、トラブルかと緊張したシュンが、拍子抜けするほどアッサリ引き下がった。
意外といい人だった様だ。 ヴォルの指導『礼儀で余計なトラブルは避けられる』が効果を発揮した様だ。
『ありがとうヴォル』シュンは感謝した。




