第十三話
「さてシュン、どうする?」
森を抜けた直後、ルースはシュンにそう切り出す。
「どう、ってどういう事です?」
シュンはルースの意図がつかめなかった。
「シュンはもカードを手に入れた、バージの街に行く理由は無いと思うんだ。」
そもそもシュンが記憶も無いただの子供だからという理由で、冒険者カードを作り保護施設を訪ねてみようという話になったのである。
シュンの正体が過去の勇者で、記憶もあるという事であれば、これ以上はお節介になってしまうとルースは思っている。
シュンは親切が嬉しかったと言ってくれたが、そもそも自分達より格上のシュンに対して、何かしてあげようというのがお節介を通り越して、おこがましい事であるとも感じている。
「まあ、言われてみれば……って感じですけど、でもその街にも興味はあります。」
シュンもその事に気づいてはいなかったが、気づいたところであまり変わらない。
とにかく人里に行ってみたかった。
「その街が一番近いんですよね、だったら取り敢えず行ってみてもいいんじゃ無いですか。」
シュンがそう言うと
「ルース、単刀直入に言ったらどうだ。」
ヴォルがせっつく様に言う。
何か話があるのだろうか。
「そうだな……なあシュン、良かったら俺たちのパーティーに入らないか?」
ルースはシュンの加わった昨日の戦闘を思い出していた。
今は子供の姿で力を失っているのかもしれないが、流石と思わせるそつの無い動きだった。
パーティーの総合力が格段に上がった気がした。
新しくレイテスと言うメンバーを加え、連携を組み直さなければならない事情もある。
そこにシュンがいればどんな連携も上手くつながりそうな気がする。
いや、つなげてくれるのではと思う。
「シュン君が入ってくれると楽しくなりそうだわ。」
「シュン君にも色々と冒険者のイロハを教えてあげますよ。」
リーリスやパティナも乗り気な様だ。
「私と同期って事ですね。」
レイテスは新人仲間がいてくれて嬉しそうだ。
シュンもやぶさかじゃ無いとは思っている。
このパーティーのみんなは気に入っているし、実力も十分だとも思う。
ましてや、自分のステータスの低さや年齢から考えてもマトモなクエストを受けられるとは思えない。
彼らと一緒なら、今後いろんな経験ができるだろう。
ルーセリーナと別れ寂寥感のあったシュンに対するルース達の心遣いかもしれない。
どちらにせよありがたい申し出だとシュンは思った。
このまま街へ行っても、ルース達と別れ一人になれば右往左往するだけだろう。
シュンはこの申し出を受ける事にした。
「ルースさん、ありがとうございます……」
その時だった
「おにいいいいいちゃああああああああん!」
森の中から声が聞こえてきた。
若い声だ。
やがて森から現れる小さい人影。
「シュン兄ちゃん!」
そして叫ばれるシュンの名前。
「そ、そんな……まさか、嘘だろ。」
シュンの記憶にある姿。
いや、それよりもっと幼いが見覚えのあるその姿に驚きを禁じえない。
翡翠色の艶やかな髪を後ろで纏め、小さめの先の尖った耳は荒い呼吸と連動する様に小刻みに揺れる。
愛らしいクリッとした瞳、小さく整ったその鼻筋に口元。
可愛らしい顔立ちから、それでも尚感じる意志の強さ。
若かりし頃の、いや幼き頃のルーセリーナに間違いない。
しかし、それはシュン以外には分からない。
「シュン兄ちゃああああん!」
そして再びシュンに向かって走り出す幼いルーセリーナ。
そのままシュンの胸に飛び込む。
「ルーちゃん? その姿は一体……」
「え!ルーセリーナ様なの、その子。」
レイテスが驚きの声を上げる。
分からないのも無理は無い、二千歳以上も若返ってはそれはもう別の人だ。
「お願いお兄ちゃん、ワタシも連れてって!」
ルース達は驚きすぎて声も出ない。
あまりの変貌である。
普通は信じられないだろう。
だが、昨日からの一連の流れ、世界最高の魔導士ルーセリーナ。
このくらいはあっても驚くべきでは無いのかもしれないとすら思えた。
「ルーちゃん、どうやって……て言うか、魔法でだろうけど、いくら若返ったからといって、ルーちゃんには立場もあるだろう。」
シュンは正直嬉しかった。
けれど、ルーセリーナの立場を慮った。
ルーセリーナは里長なのだ、皆の大黒柱なのだ。
「みんな快く送り出してくれたんだよ、自分の心に正直に生きてくれって。」
ルーセリーナの愛され具合が分かる言葉だった。
「……そっか、わかったよルーちゃん。」
シュンはルーセリーナの行動を受け入れる事にした。
もとよりそうしたかったのだから。
ルース達は感じ取っていた。
ルーセリーナがシュンと二人きりになりたがっているのを。
しかしこの二人は、人間とエルフという事を考えなければ、どう見ても幼い兄弟だ。
たとえ中身は高齢でも二人だけを送り出すわけにはいかない。
気のせいかも知れないが、よりシュンの身が危険になりそうな予感がする。
「やったー!ありがとうシュン兄ちゃん、くへ、くへへへ……」
ルースはルーセリーナの怪しげな微笑みに自分の予感は的中しそうだと思った。
「よ、よし……二人増えるも三人増えるも一緒だ、これから俺たち七人で……」
「え? 私とシュン兄ちゃんは二人だよ。」
言うと思った。
可愛く首を傾げる仕草はさっきまで老婆だったとは思えない。
「いや、でも……子供二人だけってのは……」
「……この二人なら大丈夫じゃない、たくましそうだし。」
と。リーリスは若干呆れ気味に言うが、シュンが仲間になるのを楽しみにしていた。
「あ〜あ、シュン君に可愛い服いっぱい着せたかったなあ。」
そんな理由で楽しみだったのか。
その反動はパティナとレイテスに向かう事だろう、ご愁傷様である。
「な、な〜ンダ、はは、ルーセリーナ様一緒に来ないんですかー……あー残念だなあ。」
棒である。
レイテスは明らさまにホッとしていた。
ルーセリーナの事は本当に大好きである、超尊敬している。
けれども、だからこそ、一緒に冒険などしたら緊張してしまうし、気の休まる暇はないし、いつ怒られるか分かったものではない。
滅多にないが、怒ると怖いのだ。
一度、変な魔法で酷いお仕置きを受けて以来トラウマになってしまっている。
ヴォルもパティナも、まあ仕方ないかと諦め気味だ。
なんせ相手はエルフ最高齢世界最高の魔導士だ。
ドルイドのパティナや、魔導士のヴォルには反抗のしようもない。
むしろ反論しているルースに対して『さすがリーダー』などと感心しているぐらいだ。
当然口に出す事はしないが。
シュンとしては悩ましいところだった。
ルースの申し出を受けるつもりになっていたのだから、全員でパーティーを組むならその方がいいと思うが、リーリスが不穏なのとレイテスが嫌そうなのを見ると別れるのがいいのかも知れない。
姿は幼女でも中身は二千歳オーバーのルーちゃんとなら、二人でもなんとかなるか?
でも、この人達の事も好きだしなあ。
ここは先輩のルースさんに聞いてみよう。
そうシュンは考えると、さっそくルースに相談する。
「ルースさんから見てどうですか、僕ら二人でやっていけると思います?」
「うーん、正直厳しいとは思うよ……でもリーリスが言うように確かに君達は逞しいように思う。」
「やっていけない事はない……って事ですか。」
まあ中身は大人だからな二人とも。
それはシュンだって分かってる。
でも、例えば自分のいた日本での事を考えると、子供二人で仕事したり部屋借りたり旅したりなんてできるとは思えない。
それ故の質問だったが、この世界この時代ではそれでもなんとかならない事はないという事か。
ルースは決して世間知らずのおぼっちゃんではないしいい加減な男でもない。
その彼の言葉なら信じてもいいだろう。
それに出来る限りルーセリーナの気持ちを尊重してあげたいともシュンは思う。
「分かったルーちゃん、俺たちは二人で旅でもしようか。」
「嬉しい、シュン兄ちゃん!」
シュンに飛びつくルーセリーナ。
「でもまあ、とりあえず街までは一緒でいいですよね。」
「ああそうだな、シュンとパーティーを組んでみたかったから残念ではあるけど、街までは一緒だ。」
シュンとルースは固い握手を結んだ。
これは別れの握手、そして再開の約束の握手だ。
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