第十一話
「じゃあシュン兄ちゃん、このカードに触れてみて。」
ルーセリーナが鈍色のカードをシュンに渡す。
これに触れて呪文を唱えると自分のステータスが浮かび上がる。
「うーん、この数値は………。」
微妙な表情のシュン。
他人の数値の詮索はマナー違反なのだが、その反応にルース達も気になる。
「何? なんか変な数字でも出たの?」
リーリスが聞く。
「伝説の勇者だからな、とんでもなく高い数値でも出たのか。」
ヴォルが予想する。
「確かに、それだとシュンの見た目から不審がられてしまうかもしれないな。」
ルースが懸念を表す。
「そうですね、ギルド職員はカードの数値を確認しますから。」
パティナが問題点を指摘する。
「高いと何かまずいの?」
レイテスは問題を理解していない。
「いやー、って言うか逆に全部一桁です。」
シュンはおどけたようにそう言う。
「いや、そんなはず無いだろう。」
ルースは昨日見たシュンの身体能力から推察して決して10を下回るなんて事は無いと分かっている。
なのにその数値は一体。
確かに年齢を考えれば、同世代よりは高いかもしれない。
だが実際のシュンの年齢や経験は現在のこの世界でもトップクラスのはずだ。
単純に見た目の年齢で左右される様な魔術では無いのだから、その様な結果が出るとは考えにくい。
「数値は合っているはずだよシュン兄ちゃん。」
ルーセリーナは当たり前の様に言い放つ。
「多分ホントにその体の数値はそうなんだよ。」
その体の数値。
同じ体でも使う人次第で違いが出るとかそう言う事だろうか。
「そうか! スキルだ。」
「ふふ、お若いの、よう気付きなすったな。」
ルースが気付いた事にルーセリーナは同意する。
「なるほど、筋力の数値が低くてもスキル、例えば『怪力』のスキルがあれば、実際の力はその数値で測れるものじゃ無い。」
ヴォルも納得する。
「あのー、昨日から気になってたそのスキルなんですけど……どうも僕の知ってるものと違う気が……。」
何だよ『怪力』のスキルって、スキルってのは技術の事じゃ無いのか?
と、シュンは疑問に思う。
「そっか、シュン兄ちゃんは知らないかもね。」
ルーセリーナは何かを知っている様である。
もっとも、シュン以前とシュン以後の両方を知るルーセリーナが知らなければ、誰も知らないという事になりそうだが。
「昔はスキルって弓術とか剣術、防御とかそう言うものだったじゃん。」
確かにそうだった。
剣術のスキル持ちと言われたものは、同じ剣、同じ剣術、同じ技を使ってもスキル無しの者とはその威力、速さに数段の差が出た。
技術と言うか才能と呼んでもいいものだった。
当然言語化などされていない、ただ結果だけを見てそう言うスキルがあると判断されていた。
「でもね、情報魔術を創ってから発見があったんだ。」
生体情報を文字化するこの魔法、世界に漲る力にシュンの匂いを感じたルーセリーナが、
同じくシュンの残した力の一端である漢字魔法で作り上げたものだが、元々が同じ根源であった為か親和性が高かった。
ルーセリーナの天才的な魔法の才能ももちろんだが、究極的には世界そのものすら言語化出来てしまうこの魔法を開発できたのは、この世界が一度シュンの力で満たされたからだ。
もっとも、シュンの力は“神々の恩寵”なのだが、神の力はいわば劇薬なので、一度シュンを通す事により世界に優しい力となった。
……その分シュンは弱体化してしまったのだが、魔王のいないこの世界では問題では無いだろう。
ともかく、その魔法をルーセリーナが実験している時に現れたのが今使われている“スキル”なのだと言う。
当時のルーセリーナの助手であった者の生体情報を言語化したところ、見た事の無い文言が浮き出てきた。
研究を続け、それが後天的に獲得した能力の一つである事が判明した。
これが後に“スキル”と言われる様になった。
技術としてのスキル、身体能力向上のスキルや、スキル技とも言われるものからスキル魔法と呼ばれるものまで多岐に渡った。
さらに今では他の者の研究も進み、様々な獲得条件があることもわかった。
例えばリーリスの“スラッシュナックル”
これもスキル技であるが、その獲得条件は体の一部から刃物状の皮膚や外骨格などを持つモンスターを115体倒す事である。
モンスターを倒すとその体から魔力が流出するのだが、その魔力は付近にいる者に吸収される。
その魔力がスキルの源であり、ステータスアップにもつながる。
いわゆるシュンの知る所のゲームで言う経験値というものだ。
さらにそのスキル、スラッシュナックルで言うと1〜10まで段階があり、より強い同系統モンスターを倒す事や、そのスキル技にあった鍛錬をする事で上がっていく。
ちなみにリーリスのスキルは“スラッシュナックルⅡ”である。
何でそんな、システムみたいになってるのか。
シュンが封印されてる時に『あー、ゲームがやりたい。』とか思ったのが原因だろうか。
「そのスキルって一体どうやってみんな使ってるんだ?」
まさか、それこそゲームみたいに画面にコマンド入力するわけではあるまい。
「まあ、実際に冒険者を続けていけば分かる様になると思うよ。」
ルースがシュンにアドバイスを送る。
「スキルの使い方と言うのも感覚的なものだからな。」
ヴォルも言葉では説明出来ないと暗に示す。
「アタシなんかは技名を言って使いやすくしてる感じかなあ。」
リーリスがもっと具体的に教えてくれる。
「身体能力系でも勝手に向上する訳じゃないですから、ステータスに反映されないのもそのせいです。」
パティナも教えてくれる。
やはり冒険者的には知ってて当然の知識なのだなと、シュンは思う。
やはり知識不足、常識知らずは否めない。
けれども、こうして教えてもらえている事は幸運なのだろうと改めて思う。
ともかくスキルについての概念は分かった。
後はルースの言う様にやりながら慣れていけばいいのだろう。
さらに、シュンにとって重ねて幸運だったのは子供の姿であるという事だ。
多少ものを知らなくても、大目に見てもらいやすいはずだ。
まあ、幸運と言っていいのか悪いのかは賛否が分かれるかもしれないが。
何であれ、こうして冒険者カードも出来上がった事だし、シュンのこの時代における新出発だ。
ちなみに、出身地はこのユラの里という事になった。
ルーセリーナがそう言う事にして記載してくれたので、記憶を読まれるとかいう心配は無くなった。
カードに記載されているという事は、事実であるという認識が出来上がっているからだ。
そして改めてカードの確認をする。
名前: シュン・ゴドー
出身地: ユラの里
年齢: 12歳
レベル: 2
筋 力: 7
知力: 9
体力: 4
俊敏性: 5
魔力: 1
といったものだった。
どうやら年齢にしてはかなりいい方らしいが、冒険者としては大分低い数値らしい。
また、このステータスの合計が20毎にレベルが一つ上がるとの事だった。
今のレベルは2。
これは一切の依頼を受けられないというほどではなくとも、せいぜいが採集クエストを受けられるかどうかと言ったレベルの様だ。
何故かスキルの表示はなされていなかったが、このカードには作ってから獲得したスキルしか表示はできない様だが、元々この欄……カードの裏面……は、各人ロックがかけられる様で、自分で決めたパスワードを唱えながら指でなぞる事で表示が出来るというものの様だ。
この場でそのパスワードを決め、ルーセリーナに登録してもらう。
「お兄ちゃん……もう、行っちゃうの?」
ルーセリーナは寂しそうだった。
確かに後ろ髪を引かれる思いではあった。
別に冒険者をやらなきゃいけない理由がある訳でもなし、考えてみればこの里で暮らしたところで何も問題はない、里の人達が許してくれればだが。
けれども、シュンは今のこの世界も見てみたいと思った。
今の自分は子供で非力だけど、ルーセリーナが今までしてきた様に、またルース達にしてもらった事の様に、誰かを助けられる様な人間になりたいと思った。
だから行く。
「ルーちゃん、俺は行くよ。」
「また……来てくれる?」
「ああ、必ず。」
「ホントに?」
「今度こそ本当だ。」
「……わかった……もう泣かないよ!ワタシってば大人の女だからね。」
泣きながら笑顔で言った。
「それでこそルーちゃんだ。」
あえてシュンはその涙を見ない事にした。
シュンとルーセリーナが別れの挨拶をしている。
レイテスは完全にタイミングを逃してしまった。
この空気で『私も旅に出ます』とか言い出すのにはかなりの勇気が必要だ。
けれども黙って行くわけにはいかない。
両親のいないレイテスにとって、ルーセリーナは尊敬する里長と言う以前に愛する母親でもあるのだ。
レイテスの両親が何故いないかは里の誰も教えてくれなかった。
この里では全員が家族みたいなものだと言っても肉親がいない寂しさはどうすることも出来なかった。
そんな時はいつもルーセリーナが優しく抱き締めてくれた。
レイテスはルーセリーナが大好きだった。
そのルーセリーナが今悲しみに沈んでいる。
この上自分まで出て行くと言ったらどうなるのだろうか?
レイテスは立ち尽くしてしまった。
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