第十話
冒険者カードの完成は翌朝になるという事だった。
街などにあるギルドで作っている物とは仕様が異なるものになるのだが、ルーセリーナの刻印を刻む事により使用には問題無い。
「さて皆様、もう夜も更けてまいりましたじゃ、床の準備をさせておりますのでどうぞ今晩はこの里に泊まっていってくだされ。」
ルーセリーナが皆に向かって言うと、レイテスが案内に立ち上がる。
「あ、シュン兄ちゃんはこっちだよ!」
ギャップが酷い。
ルーセリーナに連れられシュンは別室に案内されると、『積もる話もあるしな』、シュンは思いルーセリーナと同室に入る。
一組の布団が敷かれていた。
……まあシュンが一人で寝るのだから別に問題が無い、筈だが。
(何だか布団が大きいな。)
何かソワソワしてくる。
「ねえ、聞いてシュン兄ちゃん、あれからね……」
ルーセリーナは積もりに積もった話をしだす。
シュンの封印後、世界を包んでいた瘴気は祓われ生き残った魔族は何処かへと去っていった。
魔王城跡地は森で覆われ、霊山ソロンが聳え立った。
滅びかけた世界に神の恩寵とも言えるほどの活力が満ち、大地は蘇り大海は潤いを取り戻した。
シュンは女神の言った『世界が元気になる』という言葉を思い出した。
ルーセリーナの話は夜も更けたというのに止まらない。
次に語るのは看取っていった多くの仲間たちの事、アルヴフェイムの再建、そして出奔。
知らずに溢れる涙。
シュンも胸が熱くなった。
ルーセリーナが看取ったという者達もシュンは知っている。
ルーセリーナと同じ歳のマリーベリル、随一の弓使いカイルライル、風魔法の使い手だったリシェルト……アルヴフェイムに連れて行かれたのは殆ど誘拐同然だったが、彼ら彼女らも大事な仲間だった。
その後の事も努めて明るく話していたが、聞いているだけでその苦労は偲ばれた。
「それでね……それで、ね。」
「もう、いいよルーちゃん。」
シュンはそっと抱きしめる。
「シュン……兄ちゃん。」
「頑張ったね。」
それだけを言う。
「う、うん……頑張った……ワタシ頑張ったんだよ……うわああああ!」
ルーセリーナは感情が溢れ出した。
次々とこの世を去っていく仲間達、いつの間にか最年長者となり皆を引っ張っていく立場になった。
泣き言は許されなかった。
迷いも、諦めも、不安も口にする事はできなかった。
相談すらする相手もいない状況でこの二千年を生き抜いてきた。
そのルーセリーナが、ここに来てやっと自分が頼れる、弱音を吐ける、無邪気に甘える事のできる人に再会できたのだ。
シュンに抱かれるルーセリーナは二千年ぶりに安らぎを感じていた。
もう限界だった。
ルーセリーナはシュンを力一杯に押し倒す。
「おっと、え? どうしたのルーちゃ……」
「いい、よね……もういいよね、私もう大人の女なんだよ。」
いや、大人っていうか……。
ルーセリーナの血走る目にシュンは冷や汗を流す。
なんかハァハァ言ってるし。
「ワタシ、ずっと……ずっとシュン兄ちゃんの事が……。」
ルーセリーナはシュンのゴスロリ服に手をかける。
「うおおお、ルーちゃん!待て、 待つんだ!」
「もう二千年も待ったんだよ!? これ以上何を待てって言うの?」
「せめて俺の成長を待ってくれ!」
老婆と少年の絡みは絵面的に不味いであろう。
と言うか、シュンにとっての妹みたいなルーセリーナに対し、そういった感情を持つ事はなかった。
「お願いお兄ちゃん! 老い先短いワタシに冥土のお土産を頂戴!」
「老い先短いとか言っちゃダメ!」
「大丈夫だよ、私も初めてだけど二人で協力すればできない事なんてないよ!」
「いい事言った風に言わない! 後俺の話をちゃんと聞きなさい!」
『ワタシがお兄ちゃんのお嫁さんになってあげる!』『ハハ、そん時は俺はおじいちゃんだな。』
そんな在りし日を思い出す。
まさか真逆になるとは思いもよらない事態だった。
……冒険者カードの完成が翌朝になると言ったのはまさかこの為じゃないだろうな。
二人のドタバタは夜明けまで続いた。
「どうぞ皆様、こちらでお休みください。」
ルース達が通された部屋は五人が寝るには十分な広さがあった。
ん? 五人?
案内した後レイテスは別に部屋から出ようとはしなかった。
布団は五組敷かれている。
「ちょっと、アンタこれは何?」
「ナニって?」
レイテスは首を傾げる。
「布団……五人分ありますね。」
パティナも不思議そうに言う。
「ああ、その事ですか、だって冒険者って皆んなで一緒に寝るものじゃないんですか?」
酷い誤解である。
確かに野営をする時はそういう事もあるかもしれない。
しかし、宿を取るときなどは男女分の部屋を取る。
プライベート、プライバシーを考えれば当然だしマナーとしてもそうだろう。
ここは宿では無いので、二部屋用意しろなどと図々しい事は言いにくいので全員同室なのは仕方ない。
だが今言っているのはそういう事ではないだろう。
シュンは別室なのに布団は五組。
「まさかとは思うが、君……レイテスも一緒に?」
ヴォルが訝しむ。
仲間なら一緒に寝る、まあそう考えるのはいい。
だが何故レイテスがそこに含まれているのだろうか? 一体いつの間にそういう話になったのだろうか?
三人の目がルースに集まる。
「い、いや違うぞ、俺は何も言ってないぞ、そんな目で見るな。」
今日はやたら“違う”ばっかり言っているルース。
「そんなあ、ルース様言ってくれたじゃないですか、私をこの里から連れ出してくれるって。」
言っていない。
だがレイテスの中ではそういう事になっていた。
自分の妄想と現実とがゴチャ混ぜになっていた。
もうレイテスにはこれから始まる大冒険の未来しか見えていない。
夢見がちな少女(98)だった。
「ルース! アンタまた適当な事言って!」
「ルースさんって、女ったらしだったんですか?」
女性陣の非難。
「やはりお前も男だったか。」
腕組みしながら頷くヴォル。
誰もルースの言葉を信じていない。
本当にリーダーなのか疑わしいほどの信用の無さだ。
「だから俺はそんな事は言ってなああい!」
悲しいかな、ルースの悲痛な叫びは通じなかった。
もちろん、半分冗談でやっているのだ。
このパーティーはいつもこんな調子だった。
いつも一生懸命空回りなルース。
そんなルースを実は結構皆んな信頼している。
態度で表すのが照れくさいので、憎まれ口が多くなる。
ルースにとっては災難とも言えるが、こう言った掛け合いも悪くないと感じている。
言ってみればお約束。
この日、新たに一人の正式パーティーメンバーが一人増える事となった。
天才ルーセリーナの秘蔵っ子レイテス。
果たして彼女はこのメンバーとどういう冒険を繰り広げるのであろうか?
その前にルーセリーナの説得が必要だが……。
翌朝、やつれた顔のシュンとルースが顔を合わせる。
「どうしたんだシュン? 随分眠そうじゃないか。」
シュンはルーセリーナの手から逃れるために一睡もしていない。
本当に老い先短いのだろうか? エルフの言う事だ、人間の尺度では測れない。
まあ二千年も寝ていたのだ一晩くらいどうという事はないだろう。
「ルースさんこそ、何だか煤けて見えますよ。」
ルースは一晩簀巻きにされていた。
冗談でそこまでするのか?
レイテスに手を出さないようにとリーリスが行ったのだ。
ツンデレとか言う言葉で許される事ではないだろう。
おかげでルースは一切疲れが取れなかった……散々である。
「ちょっと思い出話に花が咲き過ぎまして。」
「俺もチョット自分を見つめ直しててね、あんまり眠れなかった。」
二人は乾いた笑いを漏らしあった。




