第九話
元々エルフの魔法力、技術は高い。
しかしそれも二千年前で一旦途切れてしまった。
エルフだけではない、あらゆる種族がその時を境に衰退していった。
人口が半分以下にまで減ってしまったのだから無理もない。
しかも有能な者、戦える者ほど魔族との戦闘で命を落とした。
生き残った者の多くは年若い、幼い者達だった。
皆、彼らを護るためにこそ戦い、そして死んでいったのだから。
ルーセリーナももちろんその内の一人で、激減したエルフの中では年長者に当たる。
だが彼女にはあったのだ、魔法技術が。
「シュン兄ちゃんが教えてくれた漢字魔法だよ。」
「漢字魔法……ああアレか。」
ルーセリーナの言う漢字魔法とは、シュンが異世界に飛ばされてきた時“神々”から授かった恩寵の一つだ。
漢字を一つの魔方陣と見立てて発動させる魔法で、要は陣魔法、儀式魔法と呼ばれるものの簡易版である。
漢字はそれ自体に意味が含まれている為、その系統の魔法と相性が良かった。
漢字を知る者にとっては簡単に使えて、効果も高いのだが相応の魔力を必要とした。
一文字描くたびにかなりの魔力を消費するのだ。
ルーセリーナはシュンの故郷の言葉を知りたいとせがみ、画数の少ないものを中心に教えてもらっていた。
そのうちの幾つかは意味も教えてもらっていたので、魔法として使用する事が可能だったのである。
「漢字魔法? なんだそれは、初耳だ。」
魔導士のヴォルが食い付く。
「漢字魔法って僕が勝手に呼んでるだけで、要は陣魔法ですよ。」
「随分大掛かりな魔法なんだな。」
魔方陣を描きその効果を発揮させる為には、相当量の魔法文字とそれらの配置バランスが肝要になるために、時間もかかるし魔力もかかるし結構な大きさになってしまうのだ。
あまり実用に適しているとはいえない為、冒険者でそれを使う者はいないと言っても過言ではない。
「そんなでも無いんですけど、まあ魔力消費は凄いので大変と言えば大変ですね。」
事もなげにシュンは言うが、普通は出来るものではない。
簡単に使えるというのはあくまでシュンの主観だ。
普通は漢字を知っていれば出来ると言った単純なものでは無く、高い魔力や才能といったものの他に、この世界の魔法原理と表意文字である漢字を同期させる為の深い魔術知識が求められるが、通常それを手に入れるには長い年月がかかる。
ルーセリーナはあれから自分で研究して、幾つか使える様になった。
つまり天才であった。
もちろんシュンはそんな事は知る由もない、シュン自身は使えるから使っていただけなのだから。
その漢字魔法を使い、情報魔術を創り上げたのが何を隠そうルーセリーナだったのである。
漢字の発祥は象形文字であり、人の行動をもとにしたものも多い。
例えば“立”という漢字も地面に人が直立する様を描いたものだと言う。
そういった漢字の持つ要素を細分化し形態素のさらに深奥の概念子とでも呼ぶべき所まで突き詰め、生物の持つ遺伝子などの生態情報を文字化する魔法技術に昇華し、更にそれを現代語に翻訳したものが情報魔術なのだ。
「前に行き倒れてた人を助けたんだけど、その人が魔法で悩んでたみたいで、漢字魔法は教えられなかったけど、情報魔術の一部を教えてあげたんだ。」
これまた事もなげに言う。
「え、ちょっと待って……ください、その魔法を教えた人ってひょっとしてレイビンジャーって人じゃないですか?」
“レイル・ヴァン・レイビンジャー”、歴代最高と言われた宮廷魔術師だ。
「ふむ、はてそんな名じゃったかのう?」
あ、シュン以外にはもとの喋り方なんだ。
……これはレイテスの意を汲んだルーセリーナの妥協出来る限界点だった。
ある時、生態情報を得る為の魔法の構築に行き詰っていたレイビンジャーは魔術の天才最高齢エルフの噂を聞きつけ、遥々アルヴフェイム迄と訪れた。
人の身でこの地に足を踏み入れるのは並大抵の事ではなかった。
だと言うのに魔術の天才最高齢エルフのルーセリーナは既に昔に出奔していた。
エルフの情報を手に入れるのは簡単ではないので、そんな事までは知らなかったレイビンジャーは失意の元自国へと戻るが、なんの因果か霊峰ソロンの森を通る事になり、限界を感じ行き倒れたところを当のルーセリーナに助けられた。
そこで、情報魔術の一部を授かり冒険者カードが完成した。
レイビンジャーはその見返りとして、多額の金銭とギルド名誉顧問の地位を約束した。
ルーセリーナはそれらには特に興味はなかった。
ただ自分の築き上げた魔法が多くの冒険者たちの助けになるならと協力したまで。
冒険者にはエルフもいる、若いエルフには好奇心旺盛な者も多いのだ。
ただ、この里の存在だけは言いふらしてくれるなとだけお願いする。
自分の魔法を頼りにする者があまりに増えれば、勇者の魂を安んずるこの里が騒がしい事になってしまいかねない。
レイビンジャーは誠実な男だった。
その後一度だけ一人で訪れ、約束の金銭を持ってきた。
そして、『この魔法のおかげで冒険者ギルドは大きくなる。』と言って、今後何かの力になれればと、ギルド名誉顧問の称号も受け取って欲しい。
そう言ってルーセリーナに感謝を表した。
レイビンジャーはまだ発展途上にあるギルドの後ろ盾の一人だった。
この里の事は内緒にしながらも、ルーセリーナという名前だけはギルドの最功労者として名を残した。
もちろん、その事は一部のものしか知らない。
ルース達一介の冒険者達には知る由もない事だった。
「そうか、ルーちゃんが。」
改めて二千年の時の長さを実感するシュン。
あの少女が、いろんな人に頼りにされる様な人物に成長した事を嬉しく感じる。
この深いシワの一本一本が、ルーセリーナの人生の足跡を刻んだものに感じられた。
「あなたの様な偉大な魔導士に深い敬意を。」
そう言ってヴォルは丁寧な礼をとった。
同じ魔導士として、ヴォルはルーセリーナを尊敬しその能力、功績、そして何よりその努力を讃えたかった。
魔法の深淵に近づくには途方もない時間と労力が必要である。
それを一人で成し遂げたルーセリーナは間違いなく稀代の魔導士であろう。
それからも、レイビンジャーは度々訪れてはルーセリーナに教えを請い、殆ど弟子の様になっていた。
ルーセリーナもそんなレイビンジャーを可愛く思い僅かながらの知識を伝えた。
「レイビンジャーって三代前の宮廷魔術師で、近代魔法の祖とまで言われてるのに……そのお師匠さんだったんですか。」
リーリスが驚く。
それほどの評価を受けている魔導士の功績は、このルーセリーナの教えによって為されたという事実に少なからぬ衝撃を受けていた。
「何と言うか、凄い話ですね……ギルド名誉顧問の方が作るなら確かに偽造じゃないですね。」
パティナは相変わらず偽造にこだわる……過去に何かあったのだろうか?
「しかしシュンが実は二千年前の勇者で、こんな凄い人とも知り合いなんだとしたら、俺たちはとんだお節介焼きだな。」
ルースが自嘲気味に言う。
「そんなことないですよルースさん、これで結構助かってます。」
シュンは素直に感謝を示す。
「もし一人であそこにいたら、こうしてルーちゃんにも会えなかったかもしれないですしね。」
「そう言ってもらえるなら良いんだけど……。」
「それに、人の親切に触れるのは嬉しい事ですよ。」
あの殺伐とした時代であっても、いや、だからこそかもしれないが、人同士は互いを気遣いあい、助け合っていた。
もちろん当時にだって悪い奴もいれば、卑怯な奴とか酷い奴はいた。
今だってそれはきっと同じだろう。
けれども、あの時に感じていた人の心と、今の人たちの心に違いはないんだと思わせてくれる様なこのパーティーに出会えたのは幸運だったとシュンは思っている。
自分も冒険者になったらこういう誰かを助けてあげられる様な冒険者になりたいとシュンは思った。
なんせ昔はただ魔族を倒してまわっていただけで、結果的に誰かの為になったってだけで積極的に誰かを助けようと思っていた訳じゃない。
早く魔王を倒して帰りたかっただけだ。
あの“声”の話を信じるなら、俺はもう帰れないのかもしれない。
だったらここで……この世界で、死んだ皆んなの末裔たちを、今度は積極的に助けてあげられる様な、そんな余生を送ってみようか。
そう考えるシュンだった。




