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プロローグ

吹き荒ぶ陣風の中、死闘を繰り広げる者達がいた。


“魔王”フューデガルドそして人間の“勇者”と呼ばれるシュン=ゴドウの二者である。


二人の激戦により、辺り一面は瓦礫や灰塵、血と肉で出来た山河が築かれている。


この世に地獄が顕現したかの様な凄惨な光景ではあるが、ある種の倒錯した芸術的な一幅の名画を思わせた。


そう想わせるには十分なほどそこは現実離れしていた。


しかしこれは現実であり、芸術とはかけ離れた次元の世界だ。


そこで行われているのは紛れも無く、世界の命運を賭けた殺し合いなのだから。


「人の勇者よ、貴様は何故に此処まで戦えるのだ。」


不意に魔王“フューデガルド”が問いかける。


だが、勇者“シュン”は答えない。


ただ血と汗に塗れ、疲労と苦痛に彩られたその(まなじり)を一層鋭くするばかりである。


「貴様とて分かっておるのだろう?」


フューデガルドは憐憫にも似た感情を乗せた言の葉を発する。


「全てはあの“神々”と自らを僭称しよる奴輩(やつばら)(ふけ)る遊戯に過ぎぬと。」


シュンの口許が微かに歪み、そして思う。


(……未練がましいと自分でもわかっているさ。)


「我らの決着などに然程の意味は無い。」


フューデガルド自身も全身から夥しい程の血を流し、青息吐息と言った風情でありながら、尚も言葉を紡ぐ。


「どちらが勝とうとも結局は“神々”共等の望む結果に落ち着くだけの事、……滑稽なことよ。」


“魔王”と呼ばれる異界の魔人でありながら、姿形は人間のそれとさして変わるところの無いフューデガルドの整った顔が自虐に歪む。


「……滑稽であろうが、未練であろうが……。」


シュンがその重い口を開く。


「たとえ遊びの駒であろうが構わない、お前を倒して俺は帰るんだ!」


口を開く度に走る激痛を無視して叫ぶ。


「……問答は無用か。」


「初めからそうだろ。」


「……であったな、無粋な真似をした。」


そう言いつつもシュンは、この魔王との会話自体は嫌とは感じなかった。


(この世界に恐怖と絶望を撒き散らした奴なのに不思議な感じだな。)


--“魔王”フューデガルド、異界より数多の軍勢を連れてこの世界を地獄の業火で焼き尽くさんとした破滅の使徒。


その猛威を払わんと、この世界に“神々”の寵愛と共に召喚された“護堂 駿”


初めから相入れるはずの無い二人。


互いに殺し合うことを約束された二人ではあったが、これまでの戦いを通し、友情には程遠いがある種通づるものを感じていた。


この“魔王”もまた“神々”によってこの世界に召喚されたものだった。


“魔王”の帰還条件は“人間の“勇者”と呼ばれるものを殺す事。


“勇者”の帰還条件は“魔王”の討伐。


一体何が目的か分からない、そう、“魔王”の言う様に遊びとしか思えない戦いに無理矢理参戦させられた者同士の、やりたくも無い殺戮を強要された者同士の、痛痒や苛責による悲嘆が互いに伝心しているかの様な感覚がそれであった。


(この“魔王”も自分の世界では別に極悪な奴ってわけじゃなかったのかもな。)


もっと普通の出会い方さえしていれば案外いい友人になれたのかもしれない。


しかし、“たられば”の話をしても意味は無い。


「この世界にやって来た際に勝手に付けられた軍勢ではあったがそれでも部下は部下、その仇を取らせて貰うとするか。」


「異世界とはいえ人は人、彼等にだって悲喜交々人生があった、貴様が殺した幾万の人々の仇……こちらこそ取らせて貰う。」


どちらももう気力体力魔力の限界、精根尽き果てる直前だった。


然しながらこの会話の最中、僅かではあるが双方息を整え最後の一撃の為の準備が出来た。


シュンの右手に握られているのは“神々”から賜った聖剣。


フューデガルドが構えるのは魂を刈り獲る魔剣。


風が止む。


それが合図かの様に交錯するふたつの影。


崩れ落ちる一つの影。


雌雄は決したのだ。


「見事だ……人間の勇者よ……。」


「……シュンだ。」


「フッ、知っているがな……名など呼べば情が湧いてしまうのでな。」


「……。」


「まあ今更だ、我はもう滅ぶ。」


「魔……フューデガルド……。」


「我が名を呼ぶか……。」


敗者にかける情けでは無いが、せめてこの哀れな被害者の最期を看取る者として、せめて敬意を払いたいというシュンの心情の発露だ。


「安らかに眠れ……とわ言はない、だが……」


「分かっておるわ。」


「願わくば、貴様の魂が元の世界に帰れる様祈りを捧げよう。」


「……。」


フューデガルドの身体が徐々に光の粒となって蒸発していく。


「……感謝しよう。」


そう残し、フューデガルドは消えていった。


最後に見せた顔は穏やかだった様に見えたのは感傷だろうか……。


「さあ神々よ!俺は勝ったぞ、今こそ約束を果たせ!」


ボロボロになりながらも、苦痛に耐え大声でシュンは叫んだ。


途端、天空が七色の光を放つ。


神々しい薄衣を纏い、緩くウェーブのかかった黄金の髪をたなびかせる女神がその姿を顕現させていく。


あまりの疲労、失血により殆ど機能を果たしていないシュンの目に、光を眩しく感じないながらもその女神の姿だけはハッキリと映った。


「早く俺を……俺を元の世界へ!」


女神のまるで彫刻のように整った薄く小さな口が動く。


「ダメよ〜。」


瞬間、その女神らしからぬ口調も相まってシュンは意味を測りかねた。


遅れて、その言葉の意味に気付いた時……シュンは激昂した。


「ダメ?ダメってなんだ!ふざけるな!話がちがうだろうが!」


こちらは言われた通り魔族と戦い、あのフューデガルドを倒したのだ。


間一髪だった、この場にフューデガルドが立っていたとしてもおかしく無いぐらいの危うさだった。


その死闘を制した勝者に対しての誠意の欠片も感じない女神の態度に、シュンの頭に血が昇る。


「ック、」


眩暈を感じてシュンは膝を付く。


「何でだ……何でなんだよ……俺は、ちゃんとやっただだろうが……。」


力無くうなだれるシュンに、女神が上から声を放つ。


「そうね〜、確かにあなたは〜、勝利したわ〜。」


「そうだよ!だから……だから、頼むよ、頼みます……俺を元の世界に、ウチへ帰してください、お願い……します。」


「でも〜、十万の魔族に対して〜、ヒト族側の被害が〜大き過ぎない?」


およそ十年近くに及ぶ戦いの中、ヒト族--人間、亜人、獣人を含む--の総人口三億六千万人から一億八千万人にまで減っていた。


つまり、半数が死亡した事になるが、重傷者などの存在も考えると今後更にその数を減らしていく事は想像に難くない。


「これって〜、勝ったって〜、ホントに言えるのかな〜。」


確かに、社会的にも文明的にも、いやもっと言えば物理的にも致命傷に近い。


ただでさえ魔族の進行により、王都やその他大都市が多数壊滅させられていて、統治や社会インフラの維持、食糧事情も絶望的である。


二次被害によりこのまま滅亡の憂き目に遭っても何ら不思議ではない。


「し、仕方ないだろ……お、俺だって頑張ったんだ。」


元々唯の高校生に過ぎないシュンが、大規模な軍事行動など起こせるはずも無く、魔族進行最初期に多大な被害が出たのだ。


魔族の力はあまりに強く、シュンも最初は負けてばかりいた。


死ななかったのは“神々”の加護によるものだったに過ぎない。


シュンがその能力(ちから)を十全に発揮し、仲間と共に魔族に大反撃を開始したのは実に三年がたった頃の事だった。


いかに強い力を与えられても、それを使いこなすのは容易では無いのだ。


シュン自身後悔の気持ちは強い為、反論も感情的になってしまう。


これだけの被害の中、たとえそれが事実であったとしても“頑張った”などと言っても虚しいだけであり、それは本人が一番自覚していた。


頑張った結果、仲間や守ろうとした人々の大半を失ったのだ。


後悔しても栓のないことだとは承知していても、溢れてくる気持ちは止まらない。


ましてや自分は、まるでそれから逃げるかの様に元の世界に帰ろうとしている。


今まで起こった事を無かった事にするかのように逃げ帰ろうとしている。


自然、苛立つ。


「魔王を倒せば元の世界に帰すと言ったじゃないか、そして俺はその通りにした……何が問題だ、後のことははこの世界の人々がやる事だ。」


言って後悔する。


「元凶は取り除いたんだ、復興を邪魔する奴はいない。」


止まらない、このままでは心にも無い絶対に言ってはいけない事を言ってしまう。


「このまま滅ぶかどうかはこの世界の人々の問題であって俺には関係ねえ!」


……言ってしまった。


ひどい後悔と自己嫌悪がシュンの心を支配する。


曲がりなりにも十年近く暮らしてきたこの世界。


不便も多かったが、気持ちのいい仲間達に囲まれてここまで戦ってきた。


今は亡き彼らが暮らし愛したこの世界。


関係が無いわけは無かった。


「ひどい事言うな〜、思ってもいないくせに〜。」


女神は特に表情も変えず、無機質に淡々と続ける。


「君には〜、礎になってもらわないと〜、いけないんだよ〜。」


「……何だ?それは一体どういう事だ。」


「君に〜、与えた〜、加護を〜、今度は〜、君が〜、世界に〜、与えるんだよ〜。」


区切りの多い口調に不快感を感じながらもそれを押し殺す。


「……今度は一体何をさせようって言うんだ。」


「この場所を〜、中心に〜、拡がった〜、瘴気を〜、浄化して〜、欲しいな〜。」


まったく要領を得ない上に、人の神経を逆撫でするかのような口調に怒りを覚えながらも、どうやら本当に元の世界に帰す気が無い事に失望する。


「……だからどうしろって言うんだ。」


「具体的に〜、言うと〜、この場所に〜、封印されてもらうの〜。」


……意味が分からない。


「封印される……俺がか?」


「そうだよ〜。」


「冗談じゃない!……冗談じゃない、が、それで一体何がどうなる。」


「この世界が〜、元気になる〜。」


またしても意味が分からない、が、あまりに平坦なその口調にシュンは恐怖を覚える。


「待て、俺は帰れないのか!」


「大丈夫〜、五千年ぐらいあっという間だよ〜。」


「ごせっ!?……」


「全部〜、終わったら〜、帰れるよ〜。」


唐突に現れる真っ黒な球体。


黒いと言うよりは、総ての光を拒絶したかのような……それ故の闇。


「う、うわあああ!」


それはあっという間にシュンを飲み込んだ。


「せっかくこちらが勝ったのに、こんなすぐにでも滅んじゃいそうな世界じゃつまんないからね……我慢してねシュン。」


ガラリと口調を変えた女神の呟きを聞くものは居ない。


シュンを捕らえたその闇の球は一枚の透き通る様な水晶様の石板に収斂していった。


その後生き残った人類に『魔王は封印され世界に平和が戻った』という噂が流れたが、誰がその噂の元なのか知る者はいない。


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