ホームルーム後(b)
実は、ぼくが住んでいるマンションのとなりの部屋には、自称「探偵」の女性が出入りしている。
住んでいる、とはっきり言えない理由は、年中、部屋を留守にしているからだ。
しかしながら、たまにふらっと帰ってきては、
ぼくに土産を置いて行ったり(探偵は世界各国を飛び回るものだ、と彼女は言った)、
どうでもよさそうなおつかいばかりを頼んでいったりする。
よく言えば自由奔放な人で、わるく言えば傍若無人な人だった。
「でも、そのまちがい相手のおとなりさんは、いま留守なんだろう?」
白河くんの言葉に、ぼくはうなずく。
"難解な謎" を解くのために、またどこかの国へしばらく出かけるという話を、先週末に本人から聞いていたのだった。
「だから、やっぱり警察に……」
ぼくがそう言うと、白河くんはやれやれ、と言って肩をすくめてみせた。
「おいおい、文面を思い出せよ。米坂から盗まれようとしているのは、 "サバトの絵画" だぞ!」
「サバト」とは、いま世間をにぎわせている、正体不明の謎の画家の愛称だ。
白河くんはぼくに顔を近づけながら、人差し指を立てた。
「いいか? サバトの絵はな、もともとはぜーんぶ、 "白河" の所有物なの!
それなのにこうやってやすやすと人の手に渡っていくなんて、納得いかねーんだよ!」
……実は、「サバト」はかつて、白河家の専属絵描きだったことがあるらしい。
まだ無名だったころの「サバト」の絵にひとめぼれをした白河くんが、親にたのんで、白河家の屋敷に住まわせていたと聞いている。
ぼくはおずおずと、白河くんに言った。
「……でも、 "サバト" さんが白河くんの家から離れたあとに描いたものだったら、それはもう白河家のものではないんじゃあ……」
「予告状には "米坂邸に隠された" って書かれていた。
正規ルートでサバトの絵画を手に入れてりゃ、わざわざ隠す必要もねーだろ? ……オレはどうも、 "米坂" のほうもワケありだと感じるね」
言われてみれば、あの文面はたしかに妙だ。
そもそもどうしてこの犯人は、探偵にわざわざ宣言してから盗み出そうとしているのか。
やはりその筋の職業の人は、そういったスリルを求めているのだろうか?
……まあ、探偵があんな探偵だし、へんな犯人に目をつけられるのも宿命なのかもしれない。
白河くんが言った。
「実は、前にオレの家からサバトの絵が盗まれたことがあって、その絵がまだ見つかっていないんだ。
この犯人を追えば、なにか手がかりが見つかるかもしれないだろ?」
「……もしかして、白河くん……」
ぼくが言いかけると、白河くんがにやりと笑った。
そして自分のかばんからなにかの紙を取り出すと、ぴらりとその紙を僕の目の前にたらした。
「ここで、なんとも偶然なことに……オレはいま、 "米坂さん" が新しく開いた画廊の招待状を持っているんだ。
……とりあえず、ちょっとようすだけでも見に行ってみようぜ?」