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第8輪「瑠璃唐綿」

「フィン、用意はいい?」


「勿論」


 あれから3年の月日が経った。1週間を費やし、彼から聞いたことを自分なりに纏め、出した結論は、この国を壊すこと。


 私のように何も知らず死んでいく運命を辿るだなんて許せないと思った。国を壊し、王族に罪を認めさせ、そして新しい国を作る。


 その際には矢面に立つ人間が必要だ。通常ならレジスタンスのリーダーだろう。けれど、ただの民にそれが出来るだろうか。


 私には無理に思えた。ならばフィンなら? 答えは否だ。彼はただの護衛であって政には向かない。


 私はどうだろう? と考え、すぐさま掻き消す。簡単なことだ。女の私に何ができる。危険に身を晒して得るモノが少なすぎる。裏で暗躍するくらいが、お似合いだろう。


 だからこそ、この3年。私は己を磨いた。


 教養を身に付け、あらゆる貴族との繋がりを得、今では社交界で名を馳せる美しい令嬢だ。この美貌なら落とせない男などいないだろう。


 勿論、そんな単純な人間ばかりではない。そういう人には違う手段でアプローチを掛ける。


 必要なものは笑顔と知識、そして僅かな駆け引きだ。〝女〟も忘れてはいけない。私が私である為に必要な道具なのだから。


 人脈は広げた。知識も身に付けた。話術も、美しさも、手に入れられるものは全て手に入れた。やることは一つ。


 国を壊すこと。


 今やるべきは王子を此方側に陥落させることである。


 だから3年待った。酒場に酒も飲めない小娘が出向いては、門前払いを食らうに決まっている。16の私なら問題もないだろう。


 この国の崩壊は既に始まっている。全てが壊れる前にコトを起こさなくては間に合わなくなる。

 だからこそ、どうか内部で治まるうちに決行しなくてはならない。レジスタンスの発旗を。


「うまくいくかしら……」


 町娘のような質素な衣服ではないが、いつもの私なら有り得ないだろう地味な装いで馬車に乗り込む。夕陽はやたら眩しくて、仄暗い計画を咎めているような気がした。


「らしくないですね。アンタが弱気だなんて」


「弱気にもなるわ。私は無知だもの。どうやっても民には寄り添えない。受け入れて貰えるかどうか……」


「アンタは無知じゃありません。レイニー様は人に寄り添うことを覚えた。努力をしました。俺はずっと見てきたんです。この3年は無駄にならない。無駄にはさせません。

 例え王子を引き込めなくても、アンタには貴族側との繋がりを保って貰わなければならない。此方側に必要な人間ですよ。なんならまた誓いの口づけでもしましょうか?」


「お前は変わらないわね」


「レイニー様は変わりましたよ。とても美しくなられました」


「知ってるわ」


「そういうところは、お変わりありませんが」


「それも知ってる」


 柔らかい雰囲気が私達を包み込む。私は〝謙虚〟さを覚え、彼は私を丁重に扱うようになった。


 相変わらず〝アンタ〟と呼ぶけれど、棘が抜けて丸くなった。顔立ちは精悍になったものの髪型は変わらないし、翠眼も変わらない。宝石の如く輝くエメラルドは私を真っ直ぐに射貫くのだ。


「王子は本当に来るのよね?」


「ええ。王子の護衛とは話を付けてあります。同期なので、あっさり頷いてくれました。そうじゃなくても、いつも酒場に入り浸っているようですが」


「王子は本当に協力者じゃないのよね?」


「残念ながら」


「なのに、どうして酒場に来るのかしら。城のことや政に関しての情報は際限なく流すのに此方側には落ちない。楽しんでいる……?」


「そういうことかと。16番目の末皇子ともなれば王位継承権は無いも同然。どういう意図かはユアンも計りかねているようですが、元々そういう嗜好のようですし」


「楽しいモノ好きのバカ王子、を演じている頭のキレる男。私には荷が重いわね」


「レイニー様と似てらっしゃいますね」


「え?」


「国の為に悪女を演じる陰の立役者じゃないですか」


「ふふ、そうなれればいいのだけれど。現状じゃ難しいわ。今迄は馬鹿な男しか相手にしてこなかったもの。話を聞いた限りじゃ気難しそうだし、私に彼と渡り合える頭脳があるかどうか……」


「何かあった際には微力ながらお力添えを」


「勿論よ。お前は私の僕でしょう?」


「アンタの仰せのままに」


「少しつまらないわ」


「何がです」


「喧嘩がなくなったのが」


「俺からすれば不思議で仕方ないですけどね。13歳のある日から変わったアンタが……あぁ、いいですよ。何も言わなくて。アンタはアンタですから」


「失礼な男」


 無駄話をしていれば目的地に着いたことを馬の鳴き声で知った。


 日は既に落ちており、半月が煌々と輝いている。暗い路地にはガス灯が一つあるだけで、足元は真っ暗だ。「お気を付けて」というフィンに頷きながら、私は馬車を慎重に降りた。


「少し歩きます。辛抱を」


「分かっているわ」


 彼のエスコートに身を任せながら暗い路地裏を歩む。

 距離は測れないし道順もよく分からなかったが、灯りを象った店を見つけたことで酒場に着いたのだと知った。


「レイニー様」


「どうかしたの?」


「この中にはアンタに無礼なことを言う輩もいると思う。俺が守る。だから負けないでください」


「フィン」


「はい」


「誰に言ってるのかしら? 私は社交界に名を馳せる悪女〝エレアノーラ〟よ?」


「悪名で胸を張らないでくださいよ。まったくアンタは……」


 彼は躊躇いを含みながら重そうな木造りの扉を開け放つ。目で促された為、先に足を踏み入れると眩い光景が広がった。

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