第7輪「二輪草」
「ご存知のことと思いますが、民は今、税金すら払えないほどの貧困に悩まされております。今日、お連れしようと思ったのは、あの地区の奥の酒場。レジスタンスの隠れ蓑です」
「お前……自分が何を言ってるか分かってるの?」
「はい。俺は参加しておりませんが、情報は共有しています。レイニー様が漏らせば俺の首は飛ぶことになるでしょう」
「笑えない冗談ね」
「笑ってくださって構いませんよ。嫌いな男の首でしょう?」
「血が流れるのは好きじゃないわ……」
「アンタがそういう人で安心しました」
僅かに目元を緩める彼。それと同時に馬車が大きく揺れた。どうやら何事も無かったようだ。暫くして普通に運行を始めた馬車に倣うようフィンは続きを紡いだ。
「そこには、あらゆる者が集います。民は勿論。貴族。軍人。そして王子も」
「お待ちなさい。そこに王子もいるって言うの?」
「ええ」
「じゃあ王子も……」
「いえ。彼は協力する気もなければ、非協力的なわけでもないのです」
「どういうことなのかしら」
「レイニー様と同じことを言ったのは王子です。彼はこうも言いました。『お前らが動こうが動くまいが、俺が生きている間にこの国は滅ぶ。早いか遅いかだけの話だ』と」
「その通りね。今の財政状況なら〝二十年〟という話だもの。民が発起するのに掛かるのも恐らくそのくらい。周りの国との均衡が保てなくなるのも二十年が潮時。同盟を組んでいる国が攻め込んでくるなら、もう少し早いかもしれないわね」
「そこまで分かっているのですか」
「ええ、前からそのくら……」
そうだ。私は知っていたのだ。この国がいつかは滅ぶことを。そして今迄の知識と、前世の事象を照らし合わせて〝予感〟が〝確信〟に変わった。
何故なら、この国の歴史はあまりにも前世の国に似ているから。私が産まれてから死ぬまでの約二十年弱。その0の歳に起こったことが今まさに起ころうとしている。
〝レジスタンス結成〟の歴史的瞬間が。
——どうして私は、こんなことを知っているの?
「どうかされましたか?」
「なんでもないわ」
記憶を辿る。前世の記憶を。私は何も知らず混乱し、生涯を閉じた筈なのに、何故かレジスタンス結成の歴史を知っていた。
——何故?
知っていたなら何故、私は、あれほどまでに混乱していたのだろう。殺されたのだから〝仲間〟では無かった筈だ。そんな記憶はないし、〝死〟という事象が事実を顕著に表している。
——どうして私は……。
「レイニー様?」
深い場所に沈んだ私を引き上げるのはいつも彼の声である。耳馴染のいい低い声。どこか懐かしい気がするのは長年共にいたからだろうか。
私は何も知らない。不意にそう思った。
だって、そうだろう。彼のことだってそうだ。笑った顔も知らなければ、愛想笑いが不細工だとも知らなかった。
私の中のフィンは〝不愛想な護衛係〟でしかない。今迄、何をしてきて、何を想って生きてきたのか。私は知ろうともしなかった。きっと彼も私のことなど知らないだろう。
共に歩んだ時間が関係を深めるわけではない。それが痛いほど分かった。
「教えてちょうだい」
「え?」
「この国のことを全て。お前が見てきた民から見える国のことも」
「仰せのままに」
「私は何も知らない。私のことも、お前のことも、国のことも。家族なのに、お父様のことも知らないわ。何故お父様が〝悪の貴族〟と言われるかも」
「その噂をご存知で……」
「社交界は噂好きのレディしかいないのよ。知っているでしょう?」
「ええ。それも知りたいのですか?」
「二度は言わないわ。私の僕なら一回で〝イエス〟と言いなさい」
「承知しました」
フィンは頷く。赤み掛かった茶髪を揺らし、目元を緩めて。それに満足気に笑むと私は考えを巡らせた。これからは、やることが沢山ある。
教養だって身に付けなければいけないし、頭脳に磨きを掛けることも必要だ。記憶だって思い出して損はないだろう。
この男のことも調べなければいけない。私が死んだ理由も、必要なピースである可能性がある。
零れ落ちたのは充足感。溜息に乗せるには勿体無い気がして私はグッと堪えた。馬車は家路を辿っている。
胡乱な眼差しに動揺しない自分になろうと私は誓ったのだった。