「彼岸花」前編
再会は二度とないものと思っていた。だから見慣れた背中を追い掛けながら僕は自らを蔑んだ。
ありえないよ。
マボロシだ。
また追い付けないものを追い掛けるのか。
けれど僕を振り仰いだ瞳は優しくて、触れた温もりは温かかった。幾度、亡霊を追い掛けたことか。僕の半生は、それに尽きる。
お互いが「よかった」と零した一言は何よりの喜びで、重なった声は本物だった。
全ては失敗に終わっていたものと思っていたのに、人生とは何があるか分からない。まさかヴェーン侯爵様が味方だとは思わなかった。
必死に逃げ回り落ち着いたこの土地。リーリエは気を張る必要がなくなった途端、暗黒に落ちた。
一日中、布団の中で泣き明かし、食事もまともに摂らない。それでも「捨てるよ」と声を掛ければ、涙を零しながら必死に口に詰め込んでいた。
けして食べたいわけではなかっただろう。前世での悔恨が彼女をそうさせたのだ。
城で朝食を摂る彼女はハーブまで口にしていた。ハーブは香りを楽しむものだ。
誰に咎められるわけでもないが普通食べることはない。けれども彼女は食べていた。
きちんと揃えられた銀器。美しく終えられた食事。真っ新な皿には教訓が活きていた。
正直、胸が痛んだ。食べたくないなら食べなくていいよ、と声を掛けたくなった。
しかし、二度間違えてしまった彼女は、もう間違えないと言わんばかりに、せめてもの償いをするのだ。
それを止められるわけがないだろう。
僕は何もせず。彼女の傷が癒えるのをジッと待った。待つことには慣れている。
その間は日々を駆けずり回り、この国で生きていく術を誂えた。平和な国では花がよく売れる。花屋が軌道に乗った頃、彼女から命令された。
——私を離さないで、と。
言われるまでもない。待っていたとばかりに誓いの口付けを落とせば、彼女は縋るように僕の背に手を回した。
そうして焦がれた恋は身を焼き尽くす前に愛になる。〝守る〟ことが約束ならば、彼女には、か弱いままでいて欲しいと思った。
しかし、そうもいかない。僕は少しでも彼女が元気になるように外へ連れ出した。
生い茂る木々。遠い空。抜けるような雲。草の匂い。自らの足音。生きていることを彼女に突き付け、手を取った。
僕にはそれ以外方法がわからなかったのだ。
愛を奏でるのならヴィンス様の方が上手いし、誓いならばフィンの方が上手だ。
あらゆる語彙を使ってラブレターを連ねるならベルナールの方が上手いし、気持ちを真っ直ぐ伝えるのはロビンの方が向いている。
だから黙って寄り添った。平穏な日々を過ごして欲しいと思うなら、捲し立てるよりも、ずっと近くに在れる気がしたから。
僕が欲しがってた、たった一言をリーリエ様が零した時は、真珠が溢れてしまうところだった。
死んでもいいや、ってくらいには幸せだったのだ。
そうして僕達はレジフォルニアの情報を拒絶しながら年月を過ごした。
だから知らなかったのだ。まさかあの作戦が成功を治めていただなんて思いもしなかった。
ヴィンス様とフィンに二度と会うことはない。そう思っていたのに——
「お前は姉のことが好きなんだと思っていた」
「知っていましたよ。ヴィンス様が勘違いなさっていることは」
「俺を騙していたのか?」
「いいえ。ただ、その方が都合が良かったんです。あの頃の僕は、まだエレアノーラ様に会っていなかった。
だから知られるわけにはいかなかったんです。彼女に向ける熱い眼差しに」
リーリエはカタリーナ様と肩を揺らして笑い合っている。そこにはヴィンス様の子供もおり、幸せを象っていた。
草の匂いが僕達を包む。眩い景色が僕達を歓迎する。けれど薙いだ風は僕の言葉を攫ってはくれなかった。




