第67輪「梔」完
「なにか言ったかしら?」
「いいえ。今、幸せですか?」
「ええ!」
フィンの言葉は聞こえないフリをした。勘違いでなければないほど、私は彼を縛ってしまう。
「フィン、お前はもう私を守らなくていいわ」
「ご命令とあらば」
「命令よ」
だから解放しよう。私にはもう鎖を付けなくても手を繋いでくれる相手がいる。
「おとうさまー!」
「レイニー、お母様は?」
「いまくるー!」
「レイニー、走っちゃダメでしょう?」
「カタリーナ様お久し振りです」
「お久しぶりです。エレアノーラ様。約束は覚えているかしら?」
「勿論よ。あの時のこと、とても感謝しているわ」
「なら良かったわ」
故郷を懐かしむ彼女と共に街並みを眺める。二人の子供は、やたら元気で笑みが零れた。
「それにしても愛人の名前を子供に付けるだなんて……ヴィンスは頭が、おかしいんじゃないかしら?」
「……この名前を二度と呼べなくなる方が辛かったんだよ」
我が子を慈しむ表情は、すっかり父親のものだ。それでも少し歪んだ表情に罪悪感が募った。
「黒の睡蓮を開発するのに何年もかかった。これはサインだったんだ。もう一度会いたいってね」
「まるでシュプギーじゃない」
「そうだな」
「……ねぇ、青い薔薇の花言葉をご存知?」
頭を振る面々の中に笑みを浮かべるユアンがいる。彼が知らないわけがないな、と笑みを返せば、先を促された。
「昔はね〝不可能〟だったのよ。でも栽培できるようになってからは〝奇跡〟という言葉が追加された。……ヴァサーリーリエもそうなるといいわね」
黒闇は晴れた。前世の縁は手繰り寄せた。
もしも赤い糸が解れてしまったのなら結び直そう。もしも絡んでしまったのなら解こう。
一本の糸の先に在るのが変えられない花ならば、それはきっと運命だから。
生きていて良かった。生かしてくれて良かった。愛されて愛して、やっと〝私〟になれた気がする。
999本の薔薇より、1本の花を。愛する人が贈ってくれるのなら、そっちの方がずっと愛しい。
「皆の前だと全然話さないわね」
「リーリエの前でだけお喋りなんだよ」
「そうなの?」
「うん」
「ねぇ、ユアン」
手の甲に落とす口付けには愛が添えてある。永遠の誓いは、やはり口付けで刻むべきだろう。
落とすは唇。深めるは愛。言葉は鎖。赤い糸は——
「貴方が貴方で良かったわ」
答えは、きっと小指の先に。




