第66輪「綾目」
「生きていたのね」
「ああ」
「フィンも……本当に良かった……ベルナールとロビンも無事?」
「皆、無事だよ」
「あの状況から生きて会えるなんて思わなかったわ」
胸を撫で下ろす私にヴィンスが目元を緩める。十年近く経っても、あまり変化のない容姿は羨ましいばかりだ。
フィンも目元の皺が増えたくらいで、それほど差異はないように思える。
二人が私の目の前にいることが嘘のようで、緩む口元を諫めるのが難しかった。
「ヴェーン侯爵のおかげだよ」
「お父様の?」
娘をも殺そうとしていた父を思い出し身震いをする。
何度思い返しても苦い記憶しかない〝あの日〟。正直、考えることも苦痛でしかなかった。
「レイニーが逃げたすぐ後に問われたんだ。〝本当に国の頭になる覚悟はあるのか〟と。答えは決まっていた。だから首を縦に振ったんだ。そしたら彼は玉座へ向かい王の首を落とした」
「え……?」
「よく分からないまま勝利を治めた俺達は手厚い看護を受け、この通り。ヴェーン侯爵は俺達の企みに全部気付いていたらしい。
でも転び方を見て、どちらに付くか判断しようとしてたんだそうだ」
「お父様らしいわね……」
「元々そういう人なのは知っていたけど少し見誤っていたよ。恐ろしいことこの上ない。でも、だからこそ彼を参謀にした」
あまりにも突飛な言葉に驚いた。いくら勝利を治めたと言っても、あの日を忘れたわけでもあるまい。
しかし、彼らしいとも思った。このくらい沈着でなければ、王になど向かない。
「俺が誤った時は首を落としてくれるかと思ってね」
「ヴィンスは本当に変な人ね」
「そうか?」
「ええ。殺されそうになったのによくやるわ」
「レイニーを殺そうとした真意を知りたいか?」
「怒っていたからじゃないの?」
「『俺の娘を危険に合わせやがって』だってさ」
予想だにしない返答に間の抜けた声が漏れる。私に切っ先を向けた人の言葉には思えなかった。
「お前を切り殺すつもりは無かったらしい。フィンが守らなきゃ寸止めしてたんだと。俺と剣を合わせたのも、フィンを切りつけたのも嫌がらせだそうだ」
「随分、大袈裟な嫌がらせね」
仲が悪いわけではなかったが、いいわけでもなかった私と父。そんなお父様の意外な一面に私は眉を寄せた。
「まぁ、いいわ。私はお父様に遊ばれていただけなのね。
フィン。私……お前にずっと訊きたいことがあったのよ」
「なんでしょう?」
「あの時、なんて言ったの?」
「あまり言いたくないのですが……」
「フィン、早く」
「はい。〝幸せになって〟と」
優しさに胸が熱くなった。私はフィンを信じてなどいなかったというのに、彼は変わらず私の先を案じていたとでも言うのだろうか。
これだから感違いしてしまったのだ。100%の信頼。100%の愛情。けれども全ては主従関係の上に成り立っているもので、〝恋愛感情〟とは違う。
やはり知らないことは怖いことだ。
「俺からも1つ、よろしいでしょうか?」
「構わなくてよ」
「あの時は申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる彼の髪を風が攫っていく。繊毛を眺めながら頭を上げるように促すと、潤んだ瞳で私の様子を伺う彼が居た。
「私を守るという誓いを最後まで守ろうとしてくれていたのよね?」
「……俺はアンタの意思を無視して……」
「あら? お前は私に恥ずべきことをしたと思っているのかしら?」
「お変わりありませんね」
「私は私だもの。〝レイニー〟でも〝リーリエ〟でも私は私」
この国に来てから、私は〝リーリエ〟と名乗っていた。念には念を、というユアンの案だ。
名前が変わったところで、賭した時間が変わるわけでも、罪が消えるわけでもなかった。だからこそ気付けたのだ。名前も魂も考えるに値しないものだと。
恐らく私は前世のユアンに恋をしていた。けれどもあの時、それが恋だと教えてくれる人はいなかったのだ。故に私は己の気持ちにも気付けなかった。
ユアンは、この転生を自らの執念の形だと言っていたが、それは間違いだ。
彼に話したことはないけれども、私はこの縁を貶したくはない。だから、これは神様がくれたチャンスだと思うことにした。
赤い糸は繋がっていて、だからこそ私達はお互いに辿り着けたのだ、と。
それでも、それは〝キッカケ〟に過ぎないと思っている。やはり彼が魅力的だったからこそ恋に落ちたのだから。
「フィン、私はお前を好きだと思っていたの」
「え?」
「でも違うわね。一生懸命守ってくれるお前に恋をしてると勘違いしてただけだったわ」
「……レイニー様……」
「私はユアンが好き。だから気持ちには応えられない。それだけ伝えたかったの」
「……俺のは勘違いじゃありませんでしたよ」
木々が揺れる。突風に目を瞑れば青の匂いが駆け抜けていった。




