表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/76

第60輪「藤」

「私が先を走ります。お二人はしっかり付いてきてください。

 フィンレイ、背後の敵は任せましたよ」


「ああ」


「私が何者で何が起こるのか。それは着けば分かります。貴方は自分のことを考えなさい」


 マリーの言葉に傍らを走っていたフィンの顔が曇る。走ることで精一杯の私に考える余裕などなかった。


 闘う人の波を縫いながら数多の死体に目を瞑る。追悼する余裕もない私は只管恐怖と戦っていた。


 再び刺されて死ぬかもしれない。


 今、隣にいるフィンが殺されてしまうかもしれない。


 だから文書を出すべきだと言ったのだ。

 書類の上でどうにかなれば、亡くなった者達だって命を落とさなかったかもしれないのに。


 頭の中でベルナールを責め立て、自らの浅はかさを悔いる。


 結局、私はただの姫でしかなく、何も分かってなどいなかった。景色と共に移ろいでいった民の顔を思い浮かべ、涙が光る死体に悔恨する。


「レイニー様、戦とはこういうものです。悼むのは終わりを告げてからにしましょう」


「ええ」


「俺もいつ死ぬか分かりません。なので護衛の戯言として受け流してください」


「珍しく弱気なのね」


「レイニー様も弱ってるじゃないですか。でもそこも好きですよ」


 声が出なかった。心臓が騒いでいるのはもとからだ。なのに彼の言葉に揺さぶられたような気がして、私は言葉を失った。


「女性として好きでした。アンタに誓いを立てた日からずっと。お慕いしておりました」


「なんで、こんな時に……」


「俺は許してもらえないと思うんです。きっとアンタに許してもらえない。

 だから一生覚えていてもらえるように、今言いました」


「フィンレイ着きました。貴方は此処までで構いません。あとは私が旦那様のもとにお連れしますから」


 豪華に装飾された観音扉の前で彼女は立ち止まる。騒がしい他の場と違い、喧騒の薄れた廊下は不気味だった。


「すみません。レイニー様」


 マリーの声に呼応しない彼が、私の首に腕を回す。抵抗する間もなく彼に捉えられた私は、気づけば血塗られた刃を喉元に突きつけられていた。


「どういうことだフィンレイ!?」


「はじめから大人しく従うつもりはありませんでした。早く扉を開けてください。レイニー様と、あらゆるものを交換するんですから」


 耳介を撫でる吐息が冷淡な言葉を運ぶ。愛を囁いた時とは違う抑揚ない声音に身体が震えた。


「どうして……」


「すみません」


「どうして……謝るの……?」


「すみません……」


 やはり無知が一番恐ろしい。一番、心を傾けていた相手が、私の命に手を掛けるのだから。


 全て嘘だったのだろうか。誓いの言葉も。過ごした月日も。愛の告白も。


 涙と共に感情も洗い流せたら楽なのに。抵抗しない私を押さえつける力が痛い。背に感じる柔らかな温もりが痛い。涙を零すことが許されない、この場が痛い。


 痛いのは触れられた身体じゃない。熱くなる喉でもない。行き場のない心だ。


 大人しく従うマリーは、扉に手を翳し開け放つ。前に進むよう促された私は両足を叱咤し入室を果たした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ