第5輪「君子蘭」
「フィン、お前が私にコレを渡した意味を答えなさい」
「意味は御座いません。暇そうにしていらしゃったので、暇潰し程度にはなるかと思っただけです」
「質問を変えるわ。お前は誰の味方なの?」
「……と、申しますと?」
「コレを私に渡す。それも何故〝今〟なのか。お前には考えがあった筈よ。
こんな些末な嫌がらせなら、今迄だってする機会はあった。それなのに、しなかった意味はなにかしら? わざわざ仲間を募る〝民の声〟を載せたコレを貴族の私に渡す意味。フィンは私に何を見せたいと思ったの? それとも試験のつもり?」
「感服致しました」
「正直に話しなさい。そうしないとお父様に告げるわ」
「勿論です。では俺からも一つ。アンタは誰ですか?」
「またそれなの? ふざけてるなら……」
「これがふざけている人間の顔に見えますか?」
彼の言葉にグッと押し黙る。騒ぐ心を落ち着かせようと紅茶を傾ければ、身体に染みわたっていくのが分かった。
「残念ながら見えないわね。それでも私にとっては、ただの戯れにしか聞こえないわ。私はエレアノーラ。それ以上でも、それ以下でもない。無駄口を叩くなら、もう消えて頂戴。目障りなのよ」
「承知しました。では、もう一つだけ。レイニー様は花と宝石、どちらを美しいと思いますか?」
「宝石よ。花には何の価値もない。散って枯れるだけの存在は煩わしいだけ」
満点だと思った。もしもコレが何かを確かめる為のものなら紛れも無い正解だ。
「成る程。アンタは花も愛でてくれるんだね」
唐突に膝を折った彼が柔らかな微笑を携えて跪く。端整な顔を見降ろしていれば左手を取られた。
「なら忠誠を誓いましょう。今後、アンタの傍を離れず守り抜くと、この嫋やかな指先に誓いの口づけを。マイ・フェアレディ」
「離しなさい! ぶ、無礼者!」
そう言って手の甲に軽い口付けを落とし、翠眼で此方を見据えるフィン。動揺を隠すように放った言葉は上擦っていて、頬が上気していくのが分かった。
「突然なんですの!? 今迄したこともなかったのに、まるで……」
王子様のような。そう囁きそうになってハッとする。嫌いな相手に言うには、あまりにも癪だった。
「寒い詩人のようだわっ! 気持ち悪い!」
「そうでしょうか。騎士の間では未だに残る古い習わしです。一生を誓える相手に出会ったのならするべきだ、と」
彼が放った言葉は婚姻の誓いのようで私は忙しなく手を遊ばせた。なにを返せばいいのか分からない。
「一生……お前、私のこと嫌いじゃないの?」
「以前のアンタは好きじゃなかった。でも、今のアンタは清い。まるで聖女のような雰囲気を纏っています。俺は知っているんですよ。コッソリ寝室を抜け出しては薔薇を愛でるレイニー様を」
「なっ!?」
「護衛係を舐めてはいけません。どれだけ繕っても美しい心は何かを惹きつけるんだよ。俺が、そうだったように。
レイニー様に何が起こったのか。アンタが訊かれたくないって言うなら、もう訊きません。ですから俺の前でだけは素直なアン……貴女を見せてはくださいませんか?」
「私は……エレアノーラよ……」
「レイニー様の思いのままに」
「お前は嫌いよ」
「はい。存じております」
「なのに……」
どうして、この人は私を見つけてくれたのだろう。以前の自分を捨てきれない中途半端な私を。
未だ渦巻くフィンを毛嫌いする想い。けれど信じたい、縋ってしまいたいと思った。
悔しいほどに温かい手には私を想う心がある。きっと、コレが信頼というものなのだろう。
しかし素直に心を傾けてしまうには気が引けた。それは私の意地でもあるし、子供っぽい感情でもある。どうすればいいか分からない私は息を呑むだけで精一杯だった。
「レイニー様?」
「私の言うことは絶対よ。いいわね?」
「承知しました」
「だったら早く話しなさい。お前が私にどうして欲しいのか」
「貴女は、この国が壊れるまでの期間を二十年と言いましたね」
「ええ」
「同じことを言った人間がいるのです。興味ありませんか?」