第57輪「松虫草」
「ヴィンス」
「なんだ……」
「少し落ち着いてくださる?」
「俺は落ち着いている」
「それはどうかしら……」
「なんだ」
「とりあえず離してちょうだい?」
「嫌だ」
「貴方、子供みたいね」
「うるさい」
「はぁ、じゃあいいわ。そのまま聞いて」
「……なんだ」
「私は悪女でしょう?」
「戯言かよ」
「黙ってお聞きなさい」
「仕方ないな」
「私は貴方が好きよ。でもね、ヴィンスが向けてくれてる気持ちとは違うと思うわ。だからね、私を落としてごらんなさい?」
「ククッ……結局、答えを聞いてしまった」
「ヴィンスがおかしなことを言うからでしょう?」
「悪い。俺も不安になってるのかもな」
「先陣切って戦うんですって? 凄い勇気ね」
「死ななきゃ俺の勝ちだ」
「〝俺達〟でしょう。貴方には背中を預けられる仲間がいるわ」
「勝利の女神が微笑んでくれれば百人力だな」
彼は柔らかな声を携え、そのまま彼女の唇を奪った。
衝撃の光景に目を奪われる俺達。彼女も相当驚愕したのだろう。微動だにせず抵抗する素振りも見られない。
彼はそれをいいことに彼女を抱き込むと、唇を更に深く重ねていた。
「ヴィンセント様、お戯れが過ぎます」
「フィ、フィン!?」
「ああ、邪魔されてしまった」
先程まで傍らに在った筈のフィンが二人の元へ居る。我慢出来なかったらしい狂犬に歎息し、僕も二人の元へ足を運んだ。
「さて勝利のキスも頂いたことだし、俺は寝る。フィン、レイニーを頼んだ」
「言われなくてもそのつもりです。ゆっくりお休みください」
「ああ、じゃあなフィン。それとユアン、感謝する」
「おやすみなさいませ」
ひらひらと手を振る彼に会釈し、就寝の挨拶を告げる。そうしていれば椅子が倒れる音が響き、慌てて背後を振り仰いだ。
視線の先ではエレアノーラ様がフィンに支えられて、やっと立っている。どうやら抱き込む際に椅子にぶつかってしまったようだ。彼らの背景と化している木造りの椅子は、寂しく横たわっていた。
「どうされました?」
「腰が抜けたのよ……!」
「え?」
「ユアン……次はちゃんと止めに入りなさいよね! シュプギーの時の意気込みは何処へ行ったのかしら!?」
「は、はい」
意気込みとはなんのことだ、と疑問符を浮かべながら慌てて頷く。あまりの剣幕に笑いが込み上げ、僕はそのまま笑声を零していた。
高飛車、我儘、美人、悪女。
彼女は様々な言葉を投げ掛けられていたが、結局ただの少女に過ぎない。それこそ口付け一つで腰を抜かしてしまうほどには。
僕の笑い声に怒気を深める彼女。騒々しさを聞きつけたベルナールが般若の形相で店に乗り込んできたのは、それから3分ほど後の話だった。




