第56輪「貝母」
「そのままだよ。僕も君も想いを断ち切るべきだと思ってね」
「お前がレイニー様を好きなことと、俺がレイニー様を好きなことは関係ないだろ!?」
「静かに。関係あるよ」
「ない!」
「それを告げればエレアノーラ様が苦しむと思わないの? 君と彼女の間にあるのは主従関係。その均衡が崩れた時。君達は一緒に居られなくなる」
「そんなこと……」
「分からないって言える? それにね僕達と彼女じゃ身分違いだ。貴族には貴族か王族がお似合いだよ。
幸いヴィンス様はエレアノーラ様を愛している。愛されることが女性の悦びだと僕は思うけどね」
「じゃあ……じゃあ俺の想いはどうすれば……!?」
「そんなの自分で考えなよ」
僕の言葉に息を詰める彼。言い過ぎたな、と内省しつつ、そんなのは僕が知りたいと嘆いた。
幸せになって欲しいとの願いは少しでもヴィンス様に届いただろうか。自身のような後悔はして欲しくないと背を押してみたが不安で仕様がない。
2人の間に暫しの沈黙が訪れる。心許ないと見守っていれば、ヴィンス様が意を決したように彼女に向き直った。
「隠しても仕方ないな。お前が好きだ。レイニー」
「それは……」
「恋、というやつかな」
「随分あっさりとした告白ね」
「明日は決行日。休む時間の方が大切だろ?」
「答えは?」
「この戦が終わってからにしよう。どうせ隣国との同盟は一度破綻になる。その際、今の婚姻関係も白紙に戻るだろ。
だから、その時、俺の妃になるか否か答えてくれ」
「随分と悠長なことを言うのね」
「長引いても3日だ。むしろ3日で落としてみせる」
「凄い自信。さすが次期国王は違いますわ」
「次期王妃候補になる気はないかな? レイニー」
「ご冗談を」
朗らかな雰囲気に二人が笑みを深めている。それを和やかな心持で眺め、やはりこれで良かったのだと胸に手を当てた。
「冗談にするつもりはない」
「ちょっと!?」
「少しでいい。俺の腕の中にいてくれ」
唐突に彼女の細腰を引き寄せたかと思えば熱い抱擁を強要するヴィンス様。
僕と共に、それを眺めていたフィンは顔を紅潮させ目を逸らしていた。
「レイニーが俺のモノにならないことなど、とうの昔に分かっている。だったら……誰のモノにもならないでくれ」
「ヴィンス」
「少しでいい……少しでいいから黙ってて」
シャツ一枚の逞しい腕の中に想い人を閉じ込める姿は、見ている此方の胸を締め付ける。
僅かに心が灼けるのは、アレが自らの願望に他ならないからだろう。
ヴィンス様の表情が見えなくて良かったと今更ながら実感する。
彼女の顔も胸元に埋まっている為、表情を視認することは出来なかった。
「レイニーが国をどうにかしようと奔走していたのは分かっている。民を愛してのことだろう。
花を愛でても構わない。宝石に愛を詠っても構わない。近しい人に愛情を伝えても構わない。お前が何を好きになっても、愛しても、それは自由だ。
でも……俺の傍にいてくれないなら……俺のモノになってくれないなら……誰のモノにもならないでくれ……!」
彼の愛情は彼女にとって重荷でしかない。けれども分かる気がした。誰のものにもならないで欲しいという心根が。
誰かのものになるのならヴィンス様がいい。そう思って彼を焚きつけたのはエゴに過ぎない。
事実、友人を傷付けながら諦めるように説いているのだ。血も涙もない自身が鬼のように思えた。




