第53輪「虫取り撫子」
僕も姫であった彼女と同じように、息子であるというだけで糾弾を受けた。
辛くは無かった。この想いが彼女と同じものだと思えば、愛しさすら感じることが出来たから。
そうして僕は、なし崩しの人生を生き、23歳の夏。リーリエ様の墓の前で手首を切る。国と共に滅ぶのが彼女の運命なら、僕の運命でもある気がした。
睡蓮の花言葉は沢山ある。
〝優しさ〟
〝信頼〟
〝純情〟
〝信仰〟
〝甘美〟
〝清純な心〟
〝清浄〟
〝心の純潔〟
〝純情〟
〝慎重〟
色によっても変わってくるのだが、花が意図するのは、いい意味だけではない。裏の顔も存在するのだ。
睡蓮の場合〝冷たさ〟〝遠ざかった愛〟〝繊細すぎる心〟等が該当する。
そして睡蓮の、もう一つの花言葉。それは——
〝滅亡〟
彼女の名前がヴァサーリーリエだからこそ、あんな亡くなり方をしたのかもしれない。
国花が睡蓮だったからこそ、シュプギーは滅亡してしまったのかもしれない。
そんなことを混ぜて、混ぜて、ないがしろにして、僕は命と共に捨てた。
あの人が二度と姫にならないことを願って。
そんな執念が形になったのかもしれない。僕は転生直後から記憶があったし、時折、夢で見る記憶を違和感なく受け入れていた。
ヴィンス様に仕えることが決まった際、僕には、これが罪滅しに思えた。
彼を守ることが出来れば、彼女を死なせてしまった罪を洗い流せるのではないかと。
しかし、なんの因果だろうか。僕は再びレジスタンスに肩入れすることになり、気乗りのしないまま中枢にまで潜り込んでしまった。
そんな最中、僕はリーリエ様の魂を持つエレアノーラ様に出会う。
前世の記憶を持たぬ彼女は高飛車で、傲慢で、とてもリーリエ様と同じ人間だとは思えなかった。
ヴィンス様が退屈しのぎに忍び込んだ舞踏会。壁の花を決め込む彼女は、どの令嬢よりも美しかった。そんな彼女を見初めたヴィンス様はダンスを申し込む。
僕が気付いてしまったように、彼女も僕に気付くかもしれない。淡い期待と焦燥。護衛係として彼の数歩後ろを歩みながら、震える手を背に隠した。
心臓はやたら暴れ、呼吸が浅くなる。まるで溺れているかのような錯覚に陥りながら、僕は無表情を貫いた。自分は〝ユアン〟であると反芻して。
結局、僕に気付かなかった彼女は彼の誘いを顎で断り、あまつさえ嫌味を置き土産にした。
思わず苦笑した僕に勘違いしたのだろう。彼は赤く染まった顔を伏せる。耳まで侵食した紅に唇を撓らせていると、諦念にも似た感情が渦巻いた。
何気なく受け入れていた前世の記憶。しかし無い方が当たり前で、幸せなのだ。彼女は〝今〟を歩んでいるに過ぎない。だから肩を落とすのは間違いだ。
幾度となくそう繰り返し、言い聞かせ、舞踏会や夜会の度に目の端を泳ぐ金糸に見えないフリを決め込んだ。
関わろうとしなければ接点などない。作らないで、そっと見守ろう。僕が花屋であった時のように。
そう決めていたにも関わらず、運命とは皮肉な形で僕らを巡り合わせた。
全ての要因はフィンのたった一言。それだけなのに、僕達は出会ってしまった。
怪しんでいる雰囲気を垣間見せ、それとなく反対を仰いでも。彼女に魂願しようとも。結果は変わらない。
僕がどんな想いで手紙を綴っているかなど知らない彼女に涙が零れそうだった。
願いはたった一つ。
——幸せに生きて欲しい。
ただ、それだけだというのに叶わない。届かない。もどかしい。
鈍色が幾度も唇を濡らす。錆びた鉄のような味が口腔に広がり、僕を幾度も蔑んだ。
そうして自ら火の海に飛び込もうとしている彼女を止める手立ては、ついぞ見つからなかった。




