第51輪「槍水仙」
「正解です。リーリエ様」
乾いた拍手が一つ。音のする方を見据えれば、微笑を浮かべるユアンがいた。
私を〝リーリエ〟と呼んだことがなによりの答えである。今迄、何一つ悟らせなかった彼の手腕には感服の致す限りだ。
「嘘でしょ。ユアンが……シュプギー……」
ベルナールの呟きを皮切りに、空気が波打つ。フィンは鋭い眼差しを放ち、ヴィンスは只管、瞠目していた。ロビンは落としそうになったグラスを持ち直している。
私とユアンだけが視線を絡ませ、憧憬に身を委ねていた。
「勘違いなさらないでね。ユアンは邪魔をしようと思って手紙を送っていたわけじゃないわ。そうでしょう?」
「はい」
「私を看取ってくれたのは貴方ね?」
「はい」
「ずっと会いたかったわ」
答えを見つけるのは意外にも簡単だった。彼らの性格と私との関係性。それを鑑みるだけでコトは済んだのだ。
フィンなら自らが転生者であることを隠さないだろう。私に1番近い彼ならば自らで止めにかかった筈だ。
ヴィンスなら時を計らって自らの過去を明かしただろうし、それをしないということは彼も違う。
そうなるとベルナールも違ってくるのだ。シュプギーの人物像に沿わないというのが大方の理由だが、転生者ならもっと私との距離を縮めようとしたに違いない。
ロビンは言わずもがな。あそこまでの正直者がシュプギーであるわけがない。
そうなると残りはユアンになる。現世で私との関わりが薄い彼が何かを進言することはないだろう。彼の性格は比較的内向的であるし、私との距離はけして近いものではない。
自分で言った通り、私はユアンを嫌えるほど彼のことを知らないのだ。それほど絶妙な距離感の私に対し、彼が何を言えたというのだ。
こんなまどろっこしい方法をとったのは、私達の関係性が故だった。
ゆったりとした動作で立ち上がり彼に近付く。向かいあえば両手を広げるユアンがいた。
「私もです。抱きしめても構いませんか?」
「構わなくてよ」
彼の瞳が揺らぎ、腕に抱き寄せられる。それに身を委ねていれば、背で狼狽する皆の気配が感じ取れた。
「お前達はどういう関係だ!?」
意外にも初めに声を上げたのはヴィンスで、解かれた抱擁後に見上げた表情は恐ろしいものだった。
「説明しますよ。全部」
謎が解ける。私すら知らない彼の正体が。
ユアンがシュプギーだとは分かっても、前世での彼が何者かまでは分からなかった。思い出せなかったのだ。
だからこそピースが何もかも揃わない状態で告げた。〝真意を教えて欲しい〟と。
証拠は何一つない。手紙に染み込む僅かな匂い。ヴィンスに話した少女の話。彼から又聞きしたユアンの過去。これは、それらを無理矢理組み立てだだけの粗ばかりの推理に過ぎないのだ。
悪しき令嬢にはお似合いかもしれない。父親譲りの詭弁で彩られた推理が。
手紙に染み込んでいたのはヴィンスの香水だった。元々ベルナールが愛用していたものらしいそれは、あちこちで売られている安価な代物だ。
しかし同じモノを付けていても匂いは変わる。体臭と混じり合って各々独特な香を発するのだ。
ベルナールが近くにいても、ヴィンスのベッドで横になっても、似たような匂いがするだけで私は混乱した。どこかで嗅いだことのある薫りの正体に気づかなかったのだ。
ユアンは香水を付けない。それでも手紙に染み込んでいたのは、ヴィンスの身の回りの世話をしていたからだろう。
吹き掛ける香がユアンにも纏わり付き、手紙に移った。
悩みながら詩を連ねていたのかもしれない。それこそ薫りが移るまで。
少女の話は簡単だ。単純にドア前で聞き耳を立てていたのだろう。そんなことをせずとも隣には漏れていた筈だが。
そして私を確信へ導いたのは恋人の話だ。ヴィンスはユアンの姉の話だと思っていたようだが、それは間違いである。答えは言うまでもない。
〝あのことは永遠に秘密〟
よく出来たメッセージだ。これは皆に前世のことを黙っているようにという示唆ではない。自らの正体は永遠に明かすことがないだろうという暗示だった。
捕まえられなければ逃げられてしまう。だからこそ皆の前で正体を明かし、逃げられないように檻へと誘った。
自ら足を進めた彼を檻に閉じ込め、私は確信する。ユアンは端から正体を明かすつもりだったのだ、と。
もしかしたら気付いて欲しかったのかもしれない。私の中の〝リーリエ〟が号哭していた時のように。
——誰か気付いて、と。




