第4輪「夏咲き天竺葵」
「暇なら如何です?」
貴族の朝はティータイムから始まる。ベッドで傾けるモーニングティー。食後のお茶。十時頃の小休憩。昼食後のティータイムに三時頃のアフターヌーンティー。夕食後にもカップを傾けるのが習わしだ。
今は丁度、朝食を終えた頃である。暇を持て余した私が読書をしようと認めた本の上に、フィンは紙切れの束を置いた。
「新聞?」
「はい。レイニー様は語学が堪能でいらっしゃいますので。このところずっと勉強もサボっていますし、本を読むのなら此方の方が最適かと」
「私には読んでも理解出来ないわ」
「能ある鷹は爪を隠す。アンタは何事にも本気になったことはないよね。俺は知ってますよ。レイニー様が本当は才のある人だって」
「相変わらず言葉遣いがなってないわね。無礼な発言をしたかと思えば、今度は誉めそやしてどうする気かしら?」
「俺は今後のことを思って進言しているだけです。いずれ侯爵家を継がれれば……」
「こんな国、あと二十年もすれば滅びるのに」
「え?」
口から零れたのは、私の言葉では無かった。自身の発言に目を瞠り慌てて口を押える。焦燥に目を泳がせていれば、吃驚を露わにした彼が此方をジッと見つめてきた。
「なんでもないわ! 読むわよ! 読めばいいんでしょ!?」
「レイ……」
「お黙りなさい! それ以上、口を開くのは許さないわ!」
半ば叫ぶように告げ、慌てて黒い染みに目を落とす。彼の視線が痛かったが私は知らないふりをした。
レジフォルニアは絶対王政の国である。現王、ハンニバルを要として政を熟しており、その手腕は計り知れない。
何代にも続く王朝時代。しかし壊れるのは時間の問題だった。何故なら時代が長く続きすぎたからである。
新聞には貴族の不祥事と民の苦しみ。更には王族への不満が綴られていた。
何より信じ難かったのはレジスタンスの記事。その中には仲間を募る呼びかけが暗号と化して掲載されていた。
「なんですのこれ……」
今の時代を強く生きていこうと綴られた詩に込められた本当の意味に私は震撼した。
共に国を滅ぼそう。
革命を起こそう。
勇気ある者は酒場で待つ。
何故、分かってしまったのだろう。今迄の私なら何も気付かず流し読みしていただろう文章だ。
頭の良い〝今の私〟と、国の崩壊を知る〝前の私〟が在るだけで、この国の未来が手に取るように分かった。
「フィン……お前は私を馬鹿にしているのかしら」
「そのようなつもりは毛頭御座いません」
「嘘仰い! この新聞は貴族が目を通すようなものではないわ! ゴシップ記者が喜んで認めて、下賤の民が舌なめずりしながら読むものよ! それに……」
「それに、なんですか?」
レジスタンスのことを伝えるか否か迷った。私が、ただの令嬢なら口にするべきだったのだろう。今迄の私なら確実に揶揄して嗤っていた。なのに開いた唇から、肝心の言葉が零れることはない。
そんな行動に以前の甘い己を感じ、嫌気が差した。自分を殺した人間すら恨むことを知らない清廉な私を。自らの保身より、見ず知らずの誰かの命を惜しむ私を。
悔しい。悔しい。音にはせずとも心が零れる。
我儘放題をしても、清く生きても、満たされない。ならば私が此処に在る意味とは何だろう? 今迄の私なら分かったのだろうか。それとも以前の私なら理解出来たのだろうか。それすらも分からず、私は背もたれに頭を投げやった。
「フィン、お前が私にコレを渡した意味を答えなさい」