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第48輪「菖蒲」

「俺には何も分からないよ。分からないけど情報は開示するべきだと思ってね。

 ベルだけがレイニーのことを知っていて、レイニーがベルのことを知らないのは不公平でしょ?」


「そういうものかしら?」


「俺にとってはね」


 ベルナールが彼女を寄越してきた意味が分かるような気がした。これでは否が応でも信用してしまう。


 スパイには向かないほどの真っ直ぐな心。それは彼女の弱点でもあるし、武器でもある。


 ここまで育てたということは、もう手離す気はないのだろう。そんな彼女を私に預けたのは、相当、危機が迫っているからかもしれない。


 当然だ。私達は常に目隠しをしながら綱渡りをしているようなもの。首に縄が括られているのだから、一歩、足の置き場を間違えれば暗黒に真っ逆さま。二度と光のもとへ戻ってくることはない。


 ふとフィンは大丈夫だろうかと身を案じた。次、会える保障などどこにもない。分かっていた筈なのに、今更、身が震える。


 私はあの頃から何も変わっていない。そう思うと悔しさで押し潰されてしまいそうだった。


「俺は貴族に両親を殺されたんだ」


「突然どうしたの?」


「理由を話すべきだと思ったんだよ。秘密には秘密でのやりとりを」


「話したいなら聞いてさしあげるけど、別に話さなくても構わないわよ」


「じゃあ話したいから聞いて貰える? ずっと男のふりをしてるのもキツかったから」


「ドレスを着たいの?」


「いや、ひらひらした洋服は嫌いなんだ。でも俺が俺で在れる場所が……」


 言葉は最後まで紡がれない。それでもなんとなく分かってしまった。彼女は私に同じ匂いを感じたのだと。


 エレアノーラは一人。けれど魂は二つ在るようなものだ。確立した自己はなくとも、どうしても人格にぶれが生じてしまう。そこを嗅ぎ取ったのかもしれない。


「独り言なら聞いてあげるわ」


「……俺の両親は貴族の不祥事の尻拭いに殺された。

 国から金を横領した貴族が自らの保身の為に、俺の父親に罪を擦り付けたんだよ。そしてギロチンで首を落とされ、晒し首にされた。

 母はそれを見て錯乱し、馬車に撥ねられて死んだ。皮肉にも、それは王族が乗っていた馬車で……千切れた腕を蹴って彼はこう言ったんだ。『こんなものの為に馬車を止めたのか』と。

 父の晒し首を見ていた男だからね。バラバラの身体なんて、なんとも無かったんだよ。俺は、そのまま街を彷徨い歩いて倒れたところをベルに拾われた」


「ベルナールが、ここまで育ててくれたのかしら?」


「いや、俺が快復すると同時に追い出されたよ。行くところもなかった俺は酒場に通い詰めて働かせてほしいと頼み込んだんだ。

 朦朧とした意識の中、ベルがレジスタンスの話をしているのを聞いたからね。絶対仲間になりたくて」


「それで仲間に?」


「うん。根競べをして勝ったんだ。

 絶対に許さない。貴族と王族を殺してやる。そう思ってたよ。ヴィンスとレイニーに会うまでは」


「ヴィンスと私?」


「うん。ヴィンスは俺に王家の現状を教え、レイニーは女でも出来ることがあると教えてくれた」


「私が使えるのが女の武器だっただけの話よ」


「どうせ傲慢な人間しかいないと思ってたからね。でも二人は俺に未来を見せてくれた。この二人なら、もしかしたらって……だからお願いがあるんだ」


「お願い?」


「うん。二人が英雄になった暁にはギロチンを撤去して欲しい。俺のような子供がいなくなるように」


 魂願するような瞳に気圧される。気軽に首肯出来るほど革命は甘くない。けれど――


「落とされる首が私達か王族か……どちらにせよ、それで最後にしたいわね」


 意気地なし。心の中で誰かにそう言われた気がした。今更ながら襲ってくる恐怖を叱咤し真っ直ぐに彼女を見据える。

 フィンに抱きしめて欲しい気分だった。彼は私を怒らない。厳しいことは言っても、けして怒りは向かないのだ。

 そっと抱きしめて、そのまま背中を押して欲しい。そう思った。


 開戦の火蓋は落とされる。合図は——

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