第35輪「季」
「レイニーは?」
「フィンが現れ、あとは彼が」
読んでいた本を絨毯に投げやり、カウチに寝そべる。ノック音の後に入室を果たしたユアンが卒なく報告する様がつまらなかった。
「レイニーは」
「はい」
「次、いつ来る?」
「私には分かりかねます」
「使えん」
「申し訳ございません」
「ユアン」
「はい」
「お前の目に俺達はどう映っている?」
「どういう意味でしょう?」
俺の質問に対し、慎重に言葉を紡ぐユアン。眉を顰める俺を静かに見下ろす瞳が面白くない。
しかし、この心が晴れないのは彼のせいではないのだ。俺は苛立ちを心の奥に押しやり疑問を投げ掛けた。
「恋人に見えるか?」
「それは傍目から見て、という意味でしょうか? それとも私から?」
「お前からだ」
「私には、お二人が兄妹に見えます」
「……そうか」
奥歯がギシリと嫌な音を立てる。
「レイニーとフィンはどうだ?」
「令嬢と従者かと」
「本当にそう思ってるのか?」
「はい」
「だったらお前の目は節穴だな。親密そうに身を寄せ合うアイツらを、ただの令嬢と従者だと?」
「ヴィンス様?」
「悪い。八つ当たりした……恋とは苦しいものなんだな」
「貴方らしくありませんね。どうなさいました?」
ドア前に佇んていた彼が絨毯の本に触れる。タイトルを見たかと思えば、探るような視線を向けられ居心地が悪かった。
「恋愛小説?」
「この思いを持て余さずに済む方法を探してたんだ」
「成果のほどは?」
「惨敗だ」
「でしょうね」
「お前は恋をしたことがあるか?」
真剣に問えば、彼の無表情が僅かに歪む。目元を緩め瞳を潤ませる様は見たことがない貌だった。
「ありますよ」
「どんな人だった?」
「亡くなりました」
「え?」
「私が護りきれなかったせいで亡くなりました」
「お前は随分と大切な人を亡くしているな」
「姉上のことでしょうか?」
「ああ」
「かもしれませんね……いえ、生きていても結ばれない相手でしたが」
「禁断の愛というやつか?」
「ええ」
凍えていたのは場の空気ではない。ユアンの声だ。
感情を孕んでいない言葉は美しく振動するのに、俺の心を刺した途端、極点の氷のように冷ややかさを纏った。
ユアンは姉を亡くしている。病弱だが優しい人で、王子の俺をも区別しない素敵な人だった。
清らかで、嫋やかで、艶やかで、色褪せた記憶の中でも彼女は素晴らしい。意思を灯した瞳なんて、今のレイニーのようだ。
けれど彼女は俺が15の時に亡くなった。弱かった心臓を侵され、人生にピリオドを打ったのだ。
彼は姉が好きだった。だからこそだろう。彼女が亡くなってからは、暫く目も当てられない程落ち込んでいた。
それは枯れた花のようで、項垂れた身体が指し示すものは悲哀に他ならない。
しかし、俺はこれで良いとも思っていた。何故なら彼は、きっと姉を〝女〟として愛していたから。
2人の関係が、どうなっていたかは知らない。けれども近親相姦は荊の路。それ以外に未来はない。
だからこそ俺は、彼女が2度と戻ってこないことに安堵した。
これでユアンは惑わされなくて済む、と。
俺の考えは恐らく当たっていた。先程のユアンの言葉が何よりの証拠だ。直接聞かずとも分かりきっている。
姉を愛するなんて禁断以外の何物でもない。
「俺も……昔、好きだった奴が死んだ」
「私が存じ上げないお話ですね」
「昔の話だからな」
「その方とはどういう関係だったんですか?」
嫌な記憶が蘇る。しかし、彼の柔い箇所に触れてしまった自身には答える義務があるように思えた。
「一方的に見ていただけで関係に名前など無かった」
「……申し訳ありません」
「それでも好きだった。失礼なことを言う愛らしい唇を愛していた」




