第33輪「四つ葉」
「愛しい殿方の愛しい人とは仲良くしたいでしょう?
それにエレアノーラ様はヴィンセント様に愛されている、と言ったわ。私もヴィンセント様に愛されたいの。
ですから仲睦まじいお話を是非私に! そしてご教授を!」
「ご教授って……何を仰っているのか分かってる?」
「ええ。妻として愛人と仲良くするのは当然でしょう?
それにエレアノーラ様は素晴らしいわ。こんなに美しいのに、しっかり御自分を持っていらして」
褒められると悪い気がしないのが人の性。けれど、それよりも滾る感情が私の中にはあった。
「私を揶揄ってるの? それとも侮辱しているのかしら? 〝離して〟と言った筈よ。触らないでちょうだい」
「違いますし、嫌ですわ! ねぇ、私とお茶しませんこと?
私、お友達なんていなかったからこういうのは初めてなの!」
「だから……貴女と友達になる気はないと言っているでしょう! 離しなさいよ!」
「嫌ですわ!」
「まず私の話を、お聞きなさい!」
「だって帰ってしまわれるんでしょう!? ちょっとでいいから! ね!?」
「ユアン! 私を助けなさい!」
「ユアン! エレアノーラ様に従ってはダメよ!?」
「申し訳ありません。エレアノーラ様、私は……」
「役立たず!」
グイグイ引っ張られる腕が痛い。ユアンに叫び散らすも、眉一つ動かさない彼が憎く思えた。
「さぁ私の部屋に!」
「嫌だって言ってるでしょう! 第一、貴女お付きはどうしたのよ!?」
「撒いてきましたの」
「お転婆もいい加減にしなさいよ!?」
押し問答を続ける私たちの声が早朝の廊下に響き渡る。
そろそろメイド達が駆けつけてくるのではないか。
そうなれば私の立場が危うくなる。
なんだこの馬鹿力は。
怒りや焦りが巡り、冷や汗が滲む。助けてくれないユアンを睨み、私は困り果てていた。
「どうなさいました?」
安堵を誘う薫りが鼻孔を擽る。背に温もりを感じたかと思えば、淡い力で抱き寄せられた。
彼の胸にスッポリと収まり目を瞠る。仰いだ先には涼しい顔のフィンがいた。
「フィン」
「遅くなりました」
「貴方、誰ですの?」
「御無礼を。私、レイニー様の護衛をしております。フィンレイと申します」
「そうなの? 私、エレアノーラ様とお茶がしたいの! いいかしら?」
許したら許さないわよ。そんな想いを込めて彼を睨み付ける。
そうしていると柔らかな笑みを携えたフィンが、カタリーナ様の御前で跪いた。
「申し訳ありません。レイニー様はこれからレッスンのお時間なのです」
「そんなの一日くらい休んだって構わないわよね?」
「無礼を承知で申し上げます。
本日のご予定は〝ピアノ〟と〝ヴァイオリン〟なのです。楽器というものは努力を怠ると、すぐに指が凝り固まってしまいます。本国には〝一日サボると、三日戻る〟と言う諺がありまして。
レイニー様はそれを危惧してらっしゃるのです」
「そう……なの?」
「ええ。私は幼少の頃より楽器を愛してきました。一日たりとも努力を怠りたくはないのです」
「そう……そうなのね。じゃあ、お茶はまた今度にするわ。
私、普段は離れにいるから気軽に足を運んでくださると嬉しいわ。エレアノーラ様、また城にいらっしゃってね!」
「ありがとうございます。レイニー様もお喜びですよ」
「ふふっ、では失礼するわ! シラに怒られてしまいます」
頬に手を添え、フィンに笑顔を返す彼女が私に手を振る。激しい律動に眉を顰めながら見送っていれば、乾いた足音が遠ざかっていった。
すっかり消えたのを確認してからユアンと向き合う。何事かと目を白黒させた彼の目は若干泳いでいた。




