第30輪「金雀枝」
「まったく。お前は本当に警戒心というものがないな」
溜息を零し、彼はベッドに寝転んだまま頬杖を付く。寝乱れた白いシャツからは逞しい胸板が覗いていた。
ネグリジェを翻した私はベッドから降り立つと挑発的に笑んでみせる。彼はそれに眉をピクリとも動かさなかった。
「あら、ヴィンスは私に手を出したいの?」
「美しい御令嬢をモノに出来るならしたいものだと思っているよ」
余裕そうな笑みを浮かべたヴィンスが大きな欠伸をかます。警戒心がないと宣うくせに、緊張の欠片もない彼に嘆息が零れた。
「朝から、そんなことを言うなんて下品だわ」
「レイニーは相変わらずつれないな」
「これが私よ」
「ああ、そんなお前だから好いている」
「随分、歯の浮いた台詞だこと」
私達が、お互いを愛称で呼び合うのにそう時間は掛からなかった。今では〝仲のいいお友達〟といった関係だ。
同じベッドで眠りにつくし、社交界では恋人同然だけれども、彼は私に手を出してこない。
私に魅力がないのか。仕事だと割り切っているのか。理由は定かではないが、そんな彼のお陰で、私は城に潜り込めたし、酒場での出来事を事細かに話してくれることに関しては感謝していた。
ベルナールは未だ私を信用していないようで、時折、射るような殺気送ってくる。
あの眼差しは苦手だ。死した瞬間を思い出してしまうから。
「どうした?」
ふと温もりに包まれる。私を妹だとでも思っているのだろう。スキンシップの激しい彼は私を背から抱きしめていた。
「なんでもないわ」
「随分と浮かない顔をしている。不安か?」
「ふふっ、国を壊すことがかしら?」
「それ以外に何がある」
「いいえ。さすが末の皇太子、随分お優しいのね」
「フッ……国の他に憂うことがあるだなんて随分余裕だな、レイニー。好いた男のことでも考えていたのか?」
「おかしなことを仰るのね。恋に現を抜かす時間があると思って?」
「恋とは落ちるものらしいからな。策士策に溺れる。お前は男を落としてるつもりが、逆に落とされているかもしれないぞ?」
心臓が暴れる。心当たりがないわけではなかった。
「落ちるだなんて不吉なこと仰らないでくださる? 私は恋なんてしてる余裕はないのよ」
「そう。そうなんだ……なら良かった」
「心配しなくても貴方達を裏切ったりしないわ。シュプギーの正体も私が暴いてみせるんだから」
「頼もしいな。金髪の姫君は」
「私は令嬢よ。悪しき令嬢って結構気に入ってるの」
「傾国の美女じゃなくて。傾国の悪女になりそう」
「まぁ、美女なんて大抵が悪女って決まってるのよ。そろそろ離して? お腹が空いてしまったわ」
「はいはい」
私の身体を解放し、流れるように手の甲に口付ける彼。ほんの少し瞠目していれば、そのまま指を舐め上げられた。
「な!? なにを!?」
「油断をしちゃいけないって警告だよ。男は、みーんな狼って聞いたことない?」
「ヴィンスは違うでしょう」
「白くて甘い肌を味わってみたいと常々思ってるよ」
「はぁ……貴方は本当に人を揶揄うのが好きね。ユアンを呼ぶわ」
「着替えならメイドに頼め。悉く忠告を無視するなんて、とんだ令嬢だよ」
「なんなのよ。機嫌が悪いのか知らないけど……私に当たらないでくださる?」
呆れたように両手を花開かせる彼に眉を寄せる。文句を言ってやろうと大口を開ければノックの音に阻まれた。
「エレアノーラ様。メイドを連れて参りました。どうぞ、お召し替えを」
「ええ。おはようユアン。フィンはまだ?」
「はい」
帰ってきてないかしら? と言外に伝えると肯定を示される。僅かに肩を落としていれば、ヴィンスが退室していった。




