第29輪「蒲公英」
「やっぱり分かんないなぁ。
正直エレアノーラ嬢が、嘘を吐いたり、演技したりするのが上手そうに見えないし」
「レイニー様は、やる時はやる御方だ」
「ゴメン、ゴメン。怒んないでよ」
「怒ってない」
「ホント、フィンはレイニー様が大好きだよねー。その目が曇ってなきゃいいんだけ……痛っ!? なに!? なんで今、俺の頭叩いたの美少年!?」
「ベル、俺は眠いって言ったよね? なんでフィンを揶揄ってんの? もしかして俺に対する嫌がらせだったの? それとも自分が水仕事したくないから任務やらせるの嫌とかって理由? だったら……」
「ロビン、そこま……」
「フィンは黙ってて」
「う、うん」
物凄い剣幕で奥歯を噛み締める彼を止めるべく言葉を紡ぐ。しかし低い唸り声には敵わなかった。
下手に手を出しては噛まれてしまう。俺は呆け顔のベルナールを横目に口を噤んだ。
「俺は役に立ちたい。
ベルが俺を危険な目に合わせないようにしてるのは分かってる。でもいずれは〝危険な目〟に合うんだよ。俺達は皆そうだ。〝レジスタンス〟の旗を持つってのは、そういうことでしょ。
だから……俺の生きる意味を奪わないで」
二人の間に何があったのか俺は知らない。
ロビンが、どこでレジスタンスの話を聞き入れてきたのか。何故ベルナールが酒場に出入りすることを許したのか。俺は何も知らないのだ。
端的に言えば興味が無かった。
けれど、それ以上に、昏さを宿す瞳に何を問うべきか分からなかったのだ。
そんなことに惑うほど、当時の俺は若すぎたし、彼は幼過ぎた。ベルナールは心が荒んでいたし、皆、何かを失っていた。
一つの目的の下、肩を寄せ合った俺達。
けれど繋がりも何もない俺達は、目的を持て余しては、時ばかり無駄に過ごしていた。
ヴィンセント様が手を貸さなかったのは、そういう背景もあってのことだろう。時が動き出したのは彼女が俺の心を奪ってからだ。
「勝利の女神は本当にいるのかもしれないな」
唇で僅かに象っただけの囁きは、興奮する二人の耳には届かなかったらしい。
未だ息を荒げているロビンは瞳が揺らいでいたし、ベルナールはバツが悪そうに頬を掻いていた。
「生きる意味、ね……美少年、君はまだ戻れる。民として翻弄されるかもしれないけれど、ギロチンで首を落とされるような危険は回避出来るんだよ」
「首ならまだいいね。俺は拷問される覚悟だって出来てる。勿論、嬲られたって情報を吐かない〝覚悟〟をね。
ベルに拾ってもらったあの日から、俺は俺になったんだ。
だから、いい加減、子供扱いはやめてよ。俺だって役に立ちたい」
「俺だってねぇ、分かってるんだよ。お前は子供じゃないって。でも非力なお前だから心配で仕方ないんだ……親心ってやつかな」
「ベルが親とかキモイ」
「話は最後まで聞きな。俺は、お前を子供扱いしたことはないんだよ。だから今回は、ちゃーんと任せる。ね、フィン」
「ああ。ロビン、お前にはレイニー様の従僕として屋敷に入り込んで欲しい」
「俺が……?」
「出来ないとは言わせないぞ」
「出来ないって言うと思ってるの? 大歓迎だよ」
「じゃあ、コレ。レイニー様からの課題だ」
「え?」
「従僕の試験は一週間後。必要事項は一覧を作っておいたから分からないことはベルナールに」
「母国語の試験って……」
「アクセントだな。ヴェーン家の使用人としてそつない言葉遣いをってこと」
「乗馬とか、俺したことないんだけど」
「育ちの良さを判定するからな」
「トランプって何?」
「ディーラーの真似事が出来れば問題ない。自由種目だろ?」
「そんな何かの競技みたいに……」
「従僕の一番の仕事は何だと思う?」
「えっと……役に立つこと?」
「0点だな」
「そんなこと言われたって俺が知ってるわけないじゃん」
「美術品と一緒だよ。従僕は賃金が高いから、貴族の間でも一種の〝楽しみ〟や〝見栄の張り合い〟みたいなものになってる。
つまり一番必要なのは〝美しさ〟ロビンには最適だろ?」
「ふーん、それは俺の為にあるような仕事だね」
「んで、エレアノーラ嬢と仲良くしてきて。それが美少年の任務」
「今でも十分仲良いと思うけど?」
「分かってないなぁ、美少年は。仲良くなって俺達にも漏らさない情報を仕入れてきてって言ってんだよ~」
「成る程ね。つまりベルはレイニーをどこまでも〝信用〟してないんだ」
ロビンの揶揄にベルナールが返したのは怪しい笑み。それは肯定以外の何物でもなかった。




