第2輪「花金鳳花」
「意味が……分かりませんわ……」
何故かひどく腹立だしくなった。心の中で思ったのは〝なんで言う通りにしないの!?〟である。明らかに今までとは違い過ぎる考えに驚きを隠せない。
とりあえずカーテンを開けて外を眺めれば立派な庭園が広がっていた。薔薇園に噴水。緑溢れる草花。きっと窓を開ければ、薔薇の芳香が漂ってくるのだろう。
「城の庭園にそっくりですわ……」
ふと記憶が脳裏を過る。私が先程のメイドに怒鳴らり散らしている場面だ。
「そう……あの子はマリー……最近、私の世話係になったメイド……」
一つ思い出すと同時に私の頭は記憶に占拠された。産まれてから今迄のことが早回しで再生される。先程と同じように私が見てきた世界を鮮やかな感情で彩ってだ。
全てが終えた頃には自分が誰で、此処がどこで、今迄どうやって生きてきたかが分かった。根強く残る今の〝私〟がどんな人間かも。
「私はヴェーン侯爵家令嬢、エレアノーラ・ヴェーン=テンペスト=ステュアート。十三歳。我儘でヒステリックな女の子……私が私だと思っていた私は死んだのね。生まれ変わった、ということになるのかしら……」
扉をノックする音が聞こえた。次いで間も置かず扉が開かれる。
「レイニー様、メイドが困ってらっしゃいますよ」
「私の部屋にズケズケと入ってくるなんて、本当に礼儀がなっていませんわね。フィン」
声の正体は分かっている。だって私はエレアノーラ。もう姫じゃない。
思いが私を支配する。この男を嫌いだという感情が。うるさい護衛係が嫌いだと心が叫んでいた。
フィンレイ・ミルウッド。赤茶髪を真ん中で分けた彼は、透き通るような翠眼を惜しげもなく晒している。無愛想で、無礼で、敬意を払わない様に私はいつも怒りを募らせていた。
彼とは、もう三年の付き合いだ。仲が悪いのは周知の事実である。
姫じゃないなら、もう自由に言葉を発していい筈だ。今迄の〝エレアノーラ〟が、そうしてきたように、感情に身を任せて言葉の刃で刺してやろう。
前世の私は清く生きていた。けれども、いくら清らかであろうが、最後は民に殺されたのだ。優しくあろうとした心根を踏み躙られた。ならば好きに生きて死にたい。
きっと、この生まれ変わりには意味がある。前世の記憶が戻ったのにも意味はあるのだ。以前の私に説いているのかもしれない。前世の分まで自由に生きろ、と。
「いつものことじゃないですか」
「これだから庶民は。早くマリーを呼んで、今日の勉強は中止よ」
「は?」
「代わりに仕立て屋のクレアを呼んでおいて。新しいドレスが欲しいの」
「アンタ、この前も一着仕立てたばかりだろ」
「アンタ、ですって? たかが護衛のクセに身の程を知りなさい」
「……申し訳ありませんでした」
「分かったらいいのよ。早く出てお行きなさい」
苦虫を噛み潰したように歪む彼の顔。権力には勝てないという現実を憎んでいるかのような表情は滑稽だ。
自分は何故、清く生きようなどと思っていたのだろう。満足な食事も摂らず、好きな物も誂えず、大好きなものを人に譲って。
美しく咲き乱れる花を何故貧民に与えたのだろう。貧しい心では花を愛でる余裕すらないというのに。
「自由よ。自由だわ」
「お嬢様、失礼致します」
「早くしなさいよ。のろま」
目を眇めて言い放てば、怯えたように肩を揺らすマリー。己の言葉一つで、人の感情を揺さぶっている様に快感を煽られる。思わず高笑いを零せば、蒼い顔で目を泳がせていた。
「そんなにやめたいのかしら?」
「も、申し訳ありません!」
いつもの如く連ねた言葉は、私に高揚を教えてくれたのだった。