第26輪「春蘭」
「報告お願い出来るかなー? フィン」
「ああ。ガストンをはじめ、他の奴らも陥落させた。家ごと落とすのは難しいが問題はないだろ。皆レイニー様に夢中だからな」
「いいねー、いいねー。順調、順調。だけど、ちょっと順調すぎるかなぁ」
間の抜けた声を漏らすベルナールは、モップ片手に相槌を打つ。
朝の酒場には俺とベルナールの二人だけ。爽やかな陽光には似合わない仄暗い話も、彼が混ざるだけで幾許か明るいものに変わっているような気がした。
レイニー様は城へ趣き、王子とむつみ合っている最中だ。勿論〝表向きは〟という話だが。
ここのところずっと朝帰りのレイニー様。当然、社交界では噂が巡り、彼女の悪評は鰻登りだった。
「エレアノーラ嬢の人気は凄まじいね。下の方にも噂が届くんだからさ」
「どうせ悪評だろ」
「うん。名門貴族の嫡男を掌で弄び、末とはいえ王子にも手を出すんだからね。そりゃ評判は最悪でしょ。既に二つ名……どころか呼び名が沢山。
稀代の悪女、金髪のヘラ、イエローダリア、あとは悪の令嬢、なんてのもあったかな」
「おかしな話ですよね。〝ヘラ〟は結婚の神なのに」
「ロビン、いたのか」
少年の声に慄き、赤いカーテンへ視線を向ける。そこには端正な顔に添ぐわないモップを片手に掲げるロビンがいた。
「ずっといましたよ。奥の部屋を掃除していましたが」
「それはずっとじゃなくないか?」
「レイニーの話でしょ? 話は分かるし」
「愛称に呼び捨て、美少年じゃなきゃ許されないね」
「彼女がいいって言ったんだよ。あとベルはサボりすぎ」
「ロビンが働き者だから俺は休憩してただけだよ~……痛い! 痛い! いたたた! 蹴るの無し! 弁慶の泣き所にピンポイントはないよー」
「イラッときた」
「酷いよ美少年!」
「人の名前を美少年に改名しないでくれる? お蔭で最近『エールお代わり、美少年』って言われるんだけど」
「嫌なら指摘すればいいんじゃない?」
「美少年なのは事実だし」
「君、本当に素直だよね」
「ベルと違って曲がってないからね」
「本当に真っ直ぐだったら酒場で働かないと思うけどね」
「真っ直ぐだからなんでもやるんだよ」
彼はそう言うと洗い物を始めた。癖のない搗色の髪は長い前髪が特徴で、折角の美貌を覆い隠している。
憂いを宿したような天色の瞳。宝石のように輝く眼を覆う長い睫毛。
中性的な顔立ちは女性のように見えるし、後ろ髪で見え隠れする項は、色が抜けているかのように白かった。
「お前、本当に男前だよな。また背伸びた?」
「はい。170を越しました」
「すくすく育ち過ぎて美少年じゃなくなってきてるよね~、三年前はおチビちゃんだったのに」
「14で170。なのに変声期はまだなんだな」
「はい」
「アンバランスだよね」
ベルナールに同意を求められ思わず頷く。ふと視線を落とせば皸だらけの手に眉を顰めた。
「ベルナール」
「ん?」
「お前、最低」
「なんで!?」
「自分で考えろ」
レイニー様に指摘された皸一つない指先。にも関わらずベルナールは懲りないらしい。相変わらず綺麗な手が少しばかり憎らしく思えた。




