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第24輪「片栗」

「フィン、お手洗いに行ってくるわ」


「はい。お気を付けて」


 ホールに彼を置き去りにし地下室へ向かう。地下室のどこに行けばいいのかは分からないが問題はないだろう。〝シュプギー〟は私に会いたがっているのだ。きっと向こうから会いに来てくれる。


 使用人の目を潜り抜けながら地下室への階段を探す。事前にワインセラーの場所を聞いていたので迷いなく向かうことができた。


 深夜というせいもあるのだろう。薄暗い廊下は気味悪く、地下室は当然人の気配など無い。


 足音は一つだけ。それが孤独であることを顕著に表し余計に恐怖を感じた。


「ングッ……!?」


「お静かに」


 唐突に口を塞がれ悲鳴を呑み込む。それでも人の気配など感じさせず背後に忍び寄るものだから驚きが漏れ出た。


 彼の吐息が耳朶を撫でる。思った以上に距離が近いことに私は身を強張らせた。


「騒がないでください」


 騒がないことを伝える為に手の甲を軽く叩く。そうすれば拘束は、あっさり解かれた。


「絶対に振り向かないでね」


 気配は僅かに遠のいたものの心地良い温もりを感じる。確かに懐かしいと感じるのに声の主は誰か見当もつかなかった。


「貴方がシュプギーね」


「お久しぶりです。リーリエ様」


「ごめんなさい。私は貴方が誰か、まだ分からないの」


「それでいいんだよ。貴女は何も知らずに暮らしていればいいんだ」


「無理よ……」


「そう言うと思ってた」


 クスリという笑声が肩口を擽る。懐かしいような雰囲気に警戒する気にはならなかった。


「シュプギーは私の祖国の名前〝睡蓮の君〟は前世の私の名前になぞらえているのね」


「ヴァサーリーリエ。シュプギーの国花は〝睡蓮〟で、貴女の名前はそのままだった。皆には〝リーリエ〟と呼ばれていたけどね」


「そんなことまで覚えてるのね。〝秘密〟というのは私の前世を指していた。つまり貴方は前世の私を知ってる。間違ってないわよね?」


「はい」


「貴方の正体はやはり教えて貰えないかしら?」


「残念ながら。まさか丸腰で来るとは思ってなかったよ」


「手紙には〝全力で止める〟とあったけれど〝会いたい〟ともあった。

 わざわざ異なる事柄を同時に使うのは、なんらかのメッセージに他ならないわ。だから私に危害を加えるつもりはないと思ったのよ」


「でも私は〝手折る〟とも書いた」


「あの手紙の意味は忠告じゃなくて、落ち合う場所を伝える為のものだったのよね」


「さすがだね」


「〝ヴァサーリーリエ〟のままじゃ分からなかったわ。〝エレアノーラ〟だから解けたのよ」


 自嘲を漏らす。彼は何も言わず私の言葉に耳を傾けていた。


「遅れてごめんなさいね」


「時間まで分かったんだ」


「シュプギーで睡蓮は〝ヴァサーリーリエ〟他にも羊の刻に花開くことから〝羊草〟とも言うわね。

 つまり時刻は2時。通常なら午後2時を指すんでしょうけど、〝夜〟と明記してくれたからすぐに分かったわ」


「〝手折る〟については?」


「通常、花を〝手折る〟時は茎の部分を折る。睡蓮と蓮の見分け方を知っていれば難しくもなかったわ。

 睡蓮は水面の近くで咲き、蓮は水面より高く上がる。つまり睡蓮の茎は水中。屋敷で表すと地下。待ち合わせ場所を指していたのよね」


「当たりだよ」


「良かったわ。会ってみて分かった。貴方は敵じゃない。そうよね?」


 言葉を紡ぎながら背後を煽る。そこには漆黒のローブを纏い、ファントムの面を被っている男がいた。


「君は振り返ると思っていたよ」

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