第1輪「杏」
「はっ……!? ハア……ハア……な、に? なんなんですの……!?」
生々しい夢に吐き気が込み上げる。慌てて腹部に視線を落とせば、そこには何も無かった。
「違う……夢、なんかじゃないわ……」
顔の容を確かめるように幾度となく触れ、四肢を確かめる。私は自らを落ち着かせるように二の腕を摩り、頭を整理しようとした。
しかし、視界で揺れる色素の薄い髪に目を瞠る。慌てて、それを手に取れば、緑の黒髪は木漏れ日に輝く淡色に変化していた。そればかりか緩やかに波打っている。
理解を示さない脳漿に情報を叩きつける為、鏡台へ駆け出す。鏡を覗くと見覚えのない美女が映っていた。
栗蒸色の長い髪。千草色の瞳。釣った目尻が気性の荒さを表しているようだ。白皙はそのままだが、身体つきは少しばかり幼い気がした。
深呼吸をし、鏡の中の自分を真っ直ぐ見つめる。視界の先では十二歳程の愛らしい少女が険しい顔をしていた。笑いかければ笑い返される。その様に、ああ現実なのだ。と実感した。
辺りを見渡せば自室のようで、以前の私の部屋と、そう変わらないように見える。天蓋付の華々しい寝台。連なる衣裳ダンス。木造りのテーブルも、カウチだって私の部屋にあったものと似ている。
身に付けているネグリジェも似たようなデザインで淡い桜色が可愛らしい。いいもので認められているのだろう。着心地は、とても良かった。難を言えば少しばかり派手な気がするくらいだ。
けれども、これはこの少女の趣味なのだろう。鏡台を撫ぜいていると控えめなノックが耳を突いた。
「失礼いたします」
ビクリと肩を揺らし白い扉を見つめる。様子を伺っていれば、女性の声が聞こえ、ほっと胸を撫で下ろした。
音を立てないようにしているのだろう。その気遣いがメイドの質を表しているようだった。
「お、お嬢様!? 失礼しました! まさか起きているだなんて……!?」
「なんなの貴女、失礼ね。クビよ」
「お嬢様それだけは!」
一気に顔色を悪くするメイドを一瞥し、自らの言動に破顔する。口が勝手に動いたのだ。
そんなことは微塵も思っていないし、何がなんだか分からない。それでも口を吐いて出た言葉は、あまりにも酷いものだった。
「なんでもありませんわ」
「え……?」
「貴女は外に出て行って」
「お嬢様……?」
「一人になりたいって言ったのよ」
「ですが、そろそろ、お召し替えを……」
「早く出て行けって言ったの!」
ヒステリックな声が劈く。メイドは慌てて一礼すると退室した。
自分にも分からないことばかりなのだ。一人にして欲しいと、なんとか場を治めようとした結果がこれだ。人生はじめての怒鳴り声に、私は目を白黒させた。