第17輪「大紅団扇」
「レイニー様。ベルナールから此方を預かって参りました」
「ベルナールから? 私に何の用かしら」
ヴィンセント様との出会いは既に仕込んである。ベアール家の夜会に紛れ込むと言っているのだから、よっぽどスリルを味わうことが好きらしい。
私はといえば、しっかり招待状を貰っている。骨抜き済みなので、熱いラブレター付きでだ。
将来のベアール家当主がこんなに馬鹿でいいのかと不安になってくるが、私の知ったことではない。
昨夜、酒場へ顔を出していたフィンが、起き掛けの紅茶と共に封筒を差し出す。
彼に手渡されたのは、一見なんの変哲もない白の封書。
宛名はなく、左の隅に小さく〝フェアレディへ〟と綴られているだけだ。封蝋は漆黒で、見たことの無いデザインだった。
「あの酒場で〝フェアレディ〟なんてレイニー様以外にいないということで受け取ってきたのですが、心当たりはありますか?」
「残念ながらないわ」
「だと思っていました。封蝋も見たことがありませんし……なんですかね?」
「読んでみないことには何とも言えないわ。手袋を持ってきて」
「はい。此方に」
「用意がいいわね」
差し出された白手袋を受け取り手に嵌める。彼もそれに倣うように即座に着用した。
「薬品の香りはしないものの念には念をと思いまして。お貸しください。俺が開封します」
「お願いするわ」
この手紙に何かが仕掛けられているとは考え難い。しかし〝もしも〟の可能性は、いつでも付き纏うのだ。
少し距離をとってナイフで開封するフィンを私はジッと見つめた。
「特に何もないようですね。どうぞ」
「ありがとう」
〝フェアレディへ。
はじめまして、ではないね。元気で過ごしているようでなによりだよ。
単刀直入に言おう。私は君の秘密を知っている。
睡蓮の君は、きっと今頃、花を咲かせていることだろう。けれど私は君のやろうとしていることには賛成できない。
折角、手に入れた平穏を何故手離す。君は幸せになってもいい筈だ。あんな風に二度と死ぬことがないように。
もしも忠告を無視するというなら、私が全力で止めにかかろう。花を手折ることなど容易い。
睡蓮が咲く頃に君に会いたい。次の夜が楽しみだね〟
「シュプギー……ですって……?」
「差出人の名前ですか?」
「……ええ」
「お知り合い、ではないですよね?」
「……ええ」
念を押すかのように、じっとり言葉を紡ぐフィン。
勿論、手紙の差出人は〝知り合い〟ではない。けれど〝シュプギー〟という名には心当たりがあった。
心当たりなんて生易しいものじゃない。〝シュプギー〟は私の生まれ祖国。それも前世で過ごした国の名前だった。




