第1章 T・K・J…P “叩いて被ってじゃんけん…ポン”
緊迫した空気が流れる。
世界最強の1角を担う二人の男と女から発せられるその空気は、生半可な精神のものじゃ即倒するレベルのものだ。
「…なんで…なんでこんなことに?」
ユナが震える体に鞭を打ちながら、ボソッと言葉を漏らす。これは、これからのこの作品において、突っ込み枠に食い込む予定の少女が必死に出した言葉だ。これから突っ込みとして出番がある以上、ただ黙って見ている訳にはいかない。
「…私の…私のせいで…」
そう、自責の念を唱えているのは、この作品の敬語枠件年下枠件妹枠件常識枠で、さらに突っ込みも兼ねる万能少女、カエデだ。
そんな万能少女が、まるでハズキ達と出会った時のような状態にまで落ちてしまうほど、今の状況は凄まじかった。
そんな二人の事は眼にも止めず、二人の最強は向かい合う。その目はとてつもない集中力を宿しており、相手の手を読むことに全神経を集めていた。
「…!」
いち早く空気の違いを察したのはユナだった。そのすぐあとに、カエデも顔を上げる。
ハズキとハルはゆっくりと動き出し、右手を前に出す。そして、その右手の下に"あるもの”をセッティングした。
「…始まる」
そうこぼしたのは、ユナかカエデか。そんな事を気に止めるものはここにはいない。
「…叩いて」
ハズキが初めて言葉を発した。
その言葉に反応して、場は急速に動き出す。
「…かぶって」
ハルが続きを言った。
「「じゃんけん…」」
期せずして声がハモった。もう、止まらない。
そんな二人を見ながらハルは…
「「ポン!!!」」
この遊びを提案した事を後悔していた…………
✿
夕飯を食べ終わると、そこには満足げにする皆の姿があった。
…さて。
「それじゃあ、これから何する?」
一瞬の静寂。それもそのはずだ。なぜなら、カエデもハルもこれからのことなんて特に考えるまでも無いと思っていたからだ。ユナは知らんが。
風呂入って寝る。それだけのはずなのだ。
「…何するって?いつも通りじゃないの?」
「そうですよ。お風呂入って寝る。それだけでしょ?」
「へっ?へっ?」
二人はさも当然のように言ってくる。一人はついてこれてないが。
…ふっ。この二人はアホだな。一人は知らん。
「二人ともアホか?今何時だと思ってる。」
「時間…あっ」
「あ〜そうゆうことですか…」
「…もうスルーでいっか。」
「そうゆうことだ。」
今の時間は午後5時。つまり、時間が余っているのだ。
俺達がいつも夕飯を食べるのは基本は7時から8時くらいの間で、そっからお風呂に入ってから寝るまでで1時間から2時間程。基本的に10時には寝る。
なんでこんなにも健康的なのかって?簡単だよ。この世界には娯楽が少ないんだ。
テレビなんてないし、勿論ゲームもない。本はあるけどラノベはない。
要するに、やることが無いからあんなにも健康的な生活になってしまう。
…俺は基本的に暇なのが嫌な人だ。家でぐーたらするのは嫌いじゃないのだが、こうやって何人かで集まっているなか、さらに夜に、家の中で何もしないというのは俺には無理なのだ。
だから俺達は、夕飯の時間とお風呂の時間は固定していた。
それが、ユナという来客のせいで崩れてしまったのだ。
…さて、何をするか。
「…叩いて被ってじゃんけんポン」
「…え?」
「叩いて被ってポン…というのをやってみたいのですが…」
カエデがおずおずと意見を出してきた。
「あぁ~。最近流行ってるっていうあれ?確か異国の勇者が広めたっていう…」
「そんなのあったね~。じゃあそれやる?」
ハルとユナは賛成のようだ
…勿論俺も異論は無い。ある訳が無い。
「俺もいいぞ?ふふふ…小学校時代、叩き王ハズキと呼ばれていた力を見せてやる。」
「半分以上言ってる意味はわかんないけど、ハズキも賛成ってことだよね!それじゃあ始めよう!」
…これが全ての始まりだった。
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「では、1回戦!カエデ対ハズキ!!」
「「よろしくお願いします。」」
俺とカエデは正座をして向かい合う。その中間地点には俺の造形した木のヘルメットと、木の棒にタオルを分厚く巻いた物が置いてある。セットは完璧だ。
「それじゃあ行くよ~」
ハルの号令と共に、それは始まった。
「叩いて…」
「被って…」
「「じゃんけんポン!!!」」
俺→グー カエデ→チョキ
「おらァ!」
「きゃあ!」
ヘルメットを被る暇も与えず、俺の一撃がカエデに直撃した。勿論力は抜いたからな!
「おぉ~流石ハズキ!!」
「…ま、まったく見えなかった。」
そんな二人の反応を見ながら、俺はカエデを見下ろし一言。
「まだまだだな。」
「…兄さん強すぎですよ…」
どうやらカエデは噛みつく気力も無いみたいだ。
カエデ対ハズキ…………勝者ハズキ!!
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「とりゃあ」
スパコーン
「ぎゃあ!」
続いてはハル対ユナだったのだが…特に何もなくハルが勝って終わってしまった。圧勝だった。
「痛ててて…ハルさんもハルさんで強すぎ…」
「ふふん。まだまだだね~」
ハルは小さな胸を精一杯張りながらドヤ顔でユナを見ている。…年下相手に威張るって笑(お前が言うな)
「…さて、じゃあ次は勝者同士でやってもらいますか。」
「まぁそうだよね~。私達じゃ相手にならないもん」
「「…え?」」
俺とハルはお互い顔を見合わせる。
…ハルと勝負か…久しぶりだな。これは………
ワクワクするな。
俺がそんな事を思ってハルを見ると、ハルも同じ気持ちなのか、何やら意味深に笑っている。
「そんじゃあやるか?」
「そうだね。ハズキと真剣勝負かぁ~凄い久しぶりだね? なんか…凄いワクワクする。」
「ははは…俺もだよ。」
そう言って、俺とハルは正座で向かい合う。
この時は、まだ空気も柔らかかった。
「それじゃあ始めますよ~。」
そんなユナの気の抜けた合図と共に、俺とハルは手を出す。
せーの!
「「叩いて被ってじゃんけん…」」
「「ポン!!!」」
俺→グー ハル→パー
………
シュパッ!!
ハルが音速に近い速さで木の棒を持ち、打ち込んできた。流石ハルだな…だが甘い!
俺はそのハルを超えるスピードで木のヘルメットを被り、ハルの一撃を止める。
この間、約1秒
スコーン
そんな気持ちのいい音が家に響いた。
「…甘いな。」
「…流石…だね。」
次だ。
「「叩いて被ってじゃんけんポン!!!」」
俺→チョキ ハル→パー
シュパコーン!!
「…ちっ」
「ふふん。」
次!!
「「叩いて被ってじゃんけんポン!!!」」
俺→グー ハル→グー
「「あいこでしょ!!!」」
俺→グー ハル→チョキ
シュパコーン!!
……………
ここまでは、お互いともまだ笑顔だった。
「「叩いて被ってじゃんけんポン!!!」」
俺パー ハルチョキ
シュパコーン!!
「「叩いて被ってじゃんけんポン!!!」」
俺グーハルパー
シュパコーン!!
「「叩いて被ってじゃんけんポン!!!」」
パーグー
シュパコーン
……この辺りから、段々と二人の顔がマジになっていき、カエデとユナが異変に気ずき始めた。
「「叩いて被って…」」
パーパー
「「あいこで…」」
シュパコーン
…………………これが約20回程続き、ついに冒頭に戻るのである。
✿
「「じゃんけんポン!!!」」
かれこれ30回目近くだろうか?今回は俺がグーでハルがチョキ………
すぐさま攻撃するが、やはりハルにガードされてしまう。こんなのがずーっと続いていた。
いや、もういい加減やめろよ!って思う人も多いだろう。だが待て。考えでも見ろ?世界最強レベルの二人が負けるのを良しとする訳がないだろ!?どんな勝負でも負けるのは嫌なんだよ!!特にハルが彼女であり、俺が彼氏であるうちは勝負事で負けるのは悔しいじゃないか!!
こんな感じで、いったいいつ終わるんだという空気になりつつあったのだが、事態は思わぬ形で終わりを迎えることになった。
それは、恐らく40回目くらいだっただろう。
パキィ!!
「「…え!?」」
そんな甲高い音を立てて、棒とヘルメットが砕けたのだ。
そりゃ、何回も音速に近い速さで振られながら叩き叩かれ続きればこうなるのは自然の摂理だった。しかしこの音は、極限まで集中力の上がっていた二人の注意を切らすにはもってこいの音だった。
そして、集中力の切れた二人は同時にこう思った。
〔…俺(私)何やってんだろう。〕と。
「…ハル。今回は引き分けで良くないか?」
「そうだね。…私も久しぶりにムキになっちゃったよ!」
そう言って二人は仲良く笑い会う。…そんな二人を見ながら、極限の緊張感の中で耐えていたカエデとユナは同じことを思うのだった。
〔この野郎ども。人の気も知らずにイチャコラしやがって…!!!〕と。
まだほのぼのになってから3回目なのに、ほのぼのに飽きてきた自分がいる…