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7.

 翌日、どこかのドアホがおれたちがコンバット・センターにいることを師団司令部に知らせやがった。おれたちはこのままコンバット・センターにじっとしていたかったが、師団司令部はおれたちがまた大隊規模の兵力に返り咲くことを望んだ。

 師団司令部は戦線そのものをもっと東に移動することも望んだ。東部にはドラグナ・シティという砂漠化に負けた都市の亡霊みたいなものがあって、やたらと廃墟だらけなのだが、司令部はそこを抑えろと言っているらしい。第一中隊の中隊長は東へ移動しながら、本隊を追及せよ、と命令された。

 おれたちは当然ハーフトラックに乗せてもらえると思っていたが、師団司令部はなんと、このおれたちに歩けと仰せだ。また歩かなきゃいけねえ。

 こういっちゃ何だが、おれたちはもう歩くことは玄人レベルにまで上達した。これ以上、極めようにもねえってくらい。なら、次のステップはハーフトラックだ。ガタガタ揺れる荷台にいかにして繊細な我がケツを落ち着かせるか、そのテクニックを体得すべきだ。おれたちをハーフトラックに乗せないってのは軍隊がそれだけ損をしてることに他ならねえ。なにせハーフトラックに一日じゅう乗っていても、ケツがちっとも痛くならねえ兵隊はどこにでも重宝されるからだ。ハーフトラックでケツを痛くしねえ兵隊はいろいろな使い道があるもんだ。オレンジ・ジュースが欲しいとき、オレンジを絞ってやれるし、本を閉じるとき、『もしもし? あなた、しおりを挟み忘れてますよ』と忠告もしてやれる。ワインの中くらいの瓶を十分で空にできるし、いつ、どんな場所でも立ち小便をしてやれる。特許志願書を代書してやれるし、古着屋にオーバーを叩き売るとき、ちょっと色をつけてやることもできる。

 そんな重宝な兵隊をつくる機会を屁とも思わず、見逃すのだから、司令部の連中はまったくのボンクラぞろいだ。ともあれ、進めといわれたので、おれたちは斥候の後ろを二百メートル開ける形で東へ進んだ。きちんとコンパスで確かめた文句なしの東だ。こないだまで最前線といわれていた下らねえ砂丘を横切り、砂ばっかしの道をちんたら歩いた。はるか南方にはハーフトラックの一団が何十台と車を連ねて、走っていく。

 考えようによっちゃ、歩くのもそう悪かねえのかもしれん。たぶん、ハーフトラックで東部に放り込まれた連中を敵がそのまま通すわけはねえんだから。まあ、ドンパチがあるし、飛行機が爆弾なりロケット弾なりをぶち込む。きっと重砲も使うだろう。

 それにしても、こんなだだっぴろい砂漠を、いったいなんだっておれたちは取り合ってるんだろう? そのことは度々議題に上る。

「こんな土地、使い道がねえ」オレンが腹の虫をきゅうきゅう鳴らしながら言った。「水を引いても砂が全部吸い込んじまう。植物なんて育たねえぞ」

「これだけ砂がありゃ、セメントで一儲けできる」

「アホくせえ。んじゃ、おれたちはセメントの材料のためにくたばるのかよ」

「まだ、くたばると決まったわけじゃねえ」

「この砂漠の使い道も決まっちゃいねえぞ」

「まあ、農業だけはありえねえな」

「でも待てよ? 政府のくそったれどもは開拓移民団を募ってなかったか? あいつら、ここを農地にするんじゃねえの?」

「ばーか。そいつぁ、棄民政策ってやつだ」ヤロスレフが言った。「野菜工場のせいで農産物が売れねえって文句こく百姓をここに捨てちまうんだ。なんせ、文句言う百姓ってのは革命の原因になるからな。一ヶ所に集めて、砂漠に捨てちまえば、やつらも安泰だろ?」

「やつらって誰だよ?」

「おれたちみんな死ねばいいと思ってる虫けらどもさ」

「おめえってやつはつくづく革命野郎なんだな、ヤロスレフ。てめえよりも偉いやつが憎くてしょうがねえんだろ?」

「否定はしねえ」

「けっ。おれは生き残るぜ。正直、戦争に勝とうが負けようがおれの知ったこっちゃねえ。セメントが作りてえなら、好きなだけ作ればいいんだ」

 誰かがエロ本が読みてえと言い出して、セメントと開拓団の話は流れた。アザレムがどこかで拾ったエロ本をまわし読みしたが、写真のなかの女たちはババアで乳もきったねえ色したひでえ代物だったが、まあ、女に変わりはない。アザレムはこんなエロ本でも後生大事に背嚢の底にしまっている。

 こうしているあいだにもハーフトラックが何台とおれたちを追い越していく。乗っているのは兵隊ばかりだ。風向きがよくない。どうも、ここいらでほんとの戦争をおっぱじめるつもりらしい。ハーフトラックに乗っているのはほとんどがガキだ。ガキどもはすばしっこく、おれみたいなじじいよりはまだ疲れにくい。司令部はこのガキどもに手榴弾を山と持たせている。

「こいつぁ、市街戦か塹壕陣地の攻略が始まったな」過ぎていくハーフトラック軍団を眺めながら、フィゴットが言った。「あいつらのうち、どのくらい生き残ると思うよ?」

「まあ、半分じゃねえかな」

「これでも南部よりはマシだ」

「南部戦線じゃ将軍は兵隊の命よりも砲弾を惜しむって話だ」

「おれたちが制空権を取って以来、初めての大規模攻勢になるんじゃねえの?」

「嫌な予感がしてたんだよな。戦闘機やロボットどもがおれたちの頭越しに敵陣へ突っ込んでいって以来、どうも今度は歩兵の番だってことになって、おれたちが東へ歩くわけだが、でも戦闘機乗りやロボット乗りどもは馬鹿でマヌケだから、機銃陣地をそのままにして残していくことがある。まわりがやられちまった機銃陣地ほど始末に負えねえものはねえよな。捕虜になる前にあるだけの弾をばら撒いて少しでもこっちをぶっ殺そうとしやがる」

「三六大隊の連中もそれでさんざんやられた。機銃野郎は降伏する前に七人も撃ち殺しやがったんだと。それで、三六の連中、怒り狂っちまってさ、降伏してきた敵さんをみんなぶっ殺しちまったそうだ。そしたら、それが新聞にすっぱ抜かれて、やれ捕虜の虐殺だの騒がれて、三六の連中はえらくしんどい思いをしたらしい」

「変だぞ。そういう話は検閲に引っかかるはずなのにな」

「検閲部なんて寝ぼけた頭したクズの集まりだからな。まともな仕事も出来やしねえ。あいつらときたら、ワックスを塗ったくったケツの穴みたいに情報を駄々漏れにしてやがる。敵さんは偵察機なんか飛ばさなくても、連邦の新聞を一部とれば、こっちの作戦や配置が手に取るように分かるはずだぜ」

 おれたちは夜になるまでに何とか野営地に着いた。そこは砂漠の原住民が暮らしていた集落で、泥で出来た狭い小屋が数軒、土壁に囲まれている。住民も家畜もいない。しけた集落だった。中隊長は新しい命令をもらい、残りの大隊を探すためにあちこちに無線を飛ばしていた。そうやって大隊を集めるためにおれたちはその集落に三日間とどまった。

 そのあいだ、東の向こうの戦線ではしょっちゅう大砲の音が聞こえてきた。そこには誰もいない無人のビルが立ち並んだ廃墟群があり、おれたちも大隊が揃い次第、廃墟の取り合いに参加する。

 そこには死があった。

 おれたちを飲み込もうと口を開けて待っていた。

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