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6.

 空には砕けた真っ赤な衛星トトラとルムナがかかっていた。おれたちはあれから、路傍の分隊をいくつか吸収して、見た目だけは二個中隊になることができた。だが、片方の中隊には将校がいなかったし、九ミリピストル以外の武器を持っていない分隊が二つある。

 おれたちはコンバット・センターと呼ばれるテントの一群に宿を求めた。中心に金網で囲まれた自動車修理場モータープールがあって、そのまわりをスープのあくみたいにおれたちが寄り添っている。自動車修理場モータープールは二十四時間ぶっ続けで稼動していて、持ち込まれる民間用ピックアップ・トラックに五〇口径マシンガンや三六ミリ無反動砲をくっつけてテクニカルにしていた。連邦じゅうのスクラップ場からピックアップ・トラックが送り込まれ、ここでいっぱしの戦闘車両に生まれ変わるのだが、武器の反動に対して車体が軽すぎて、ぶっ放すと車が引っくり返る。そんなテクニカルがおれたちの戦線をパトロールして、きわどいところで戦線を維持していた。

 自動車修理場モータープールの連中は栄養不良の鶏みたいな連中でコインランドリーに入れると色が落ちる安物のシャツみたいな顔色をしている。やつらは二三人で集まってちびた煙草をまるでこの星に残った最後の酸素みたいにちびちび吸っていた。十二時間交代で機関銃を取り付けるわけだが、アーク溶接のやりすぎで目が見えなくなりかけているらしい。いつもしょぼしょぼとまばたきをしている。一時間に二台のペースで車を改造しているが、戦線が活発化してくると、一時間に三台から四台を休みなしで改造し、ひどいときには一時間に六台改造するはめになることもある。すると自動車工たちは発狂するのだが、そうなる前に魔法の薬をたっぷりくれてやり、一時間に六台の改造を実現させる。その魔法の薬というのを娑婆で売るのはコンビニの店員ではなく、マフィアの下っ端だ。ここでは師団クラスの命令系統がそのままドラックマーケットのオペレーティングを兼ねているのだからたまらない。

 作業服を着た改造屋たちを金網越しに見ながら、フィゴットが言った。「パイナップルよりも痩せてらあ」

 言った後で、くそっ、と毒づいた。

 分隊機関銃手のフィゴットは娑婆にいたころ、遺伝子組み換えパイナップルを育てる国営プランテーションにいた。というより、国営パイナップル・プランテーションから外に出たことがなかった。それほど広いプランテーションだったのだ。フィゴットは遺伝子組み換えパイナップルのことなら何でも知っていた。遺伝子組み換えパイナップルのビール、遺伝子組み換えパイナップルが脳みそにジグザグ病を植えつける確率、パイナップルの価格を調整するために火炎放射器で焼かれたパイナップルの総重量まで全部だ(おれたちの国は流通にムラがあったから、遺伝子組み換えパイナップルが捨てるほどある都市と全くなくてサッカリンをかじっている都市といった具合に大きな差異があった)。フィゴットの人生は常に遺伝子組み換えパイナップルとともにあった。プランテーションのなかにつくられた居住区に生まれ、プランテーションのなかにつくられた学校に通い、プランテーションのなかにつくられた裁判所で結婚し、プランテーションのなかの飛行場で積み込み作業をやり給料をもらっていた。常にパイナップルの畑に囲まれていたフィゴットの人生はパイナップルを単位としていた。重さはキロやグラムではなく、パイナップル何個分かで考え、悲劇はパイナップルを頭に投げつけられる痛みに換算して数値化した。本人は気をつけているつもりでも油断すると、語彙がパイナップルに支配される。パイナップルよりイカすぜとか、パイナップルとファックしてろとか、ついパイナップルが口から出てくる。フィゴットにとって、パイナップルまみれの半生は喜ぶべきものではないらしい。これは本人にしか分からない理屈だが、パイナップルは遺伝子組み換えにしろ、そうでないにしろ男らしくないという強迫観念があった。

 そして、徴兵ポスターのかっこいいベテラン兵の胸についている古い手榴弾がパイナップルに似ていることを挙げて、軍広報部が自分に対する中傷キャンペーンを展開していると言い張っている。

 このようにおれたちは程度の差はあれ、みなパラノイアの気があった。エクトプラズムに凝ったやつを見たことがある。そいつはレーションの木箱の上に立って、亡霊を介して敵の布陣を知ることができると吹聴した。すると、情報部の将校がやってきて、こいつに至れり尽くせりの接待をした。情報部はいかれた歩兵のたわ言を信じるほど情報収集がうまく言っていないのだ。だから、おれたちは情報部の言うことを信じないわけだ。

 おれたち第三分隊は大尉の命令で大隊長を探しに出された。コンバット・センターのテントはどれもみな似たような形をしていたから、出発して三分と経たないうちに自分たちがどこにいるのか分からなくなった。軍用テントのスラム街は迷路のようで、そこにいるのはシケた面の兵隊しかいねえ。

おれたちは次第にうんざりして文句が出始める。

「みんながメシの準備をしてるなか大隊長を探すなんて、素晴らしいじゃねえか、おい」

「あの腰抜けが前線にいるわけねえよ」

「政府ってのはつくづくマヌケの集まりだよなあ。一度でいいから、少佐以上のやつを死なせて、みんながきちんと戦争のヤバイところをひっかぶってるってアピールすりゃ、おれたちだってきちんと戦うぜ」

「馬鹿言ってんじゃねえよ。たとえ最高司令官がおれをかばって死んだって、おれはただ、おう、よかったぜ、おれの番じゃなくて、って思って屁をこくだけさ」

 ブリュリュリュリュ、とフィゴットがミまで出たらしい屁の音を再現した。

「フィゴットのやるとおりだ」〈教授〉が言った。「お偉方が怖いのは死ぬことじゃなくて、いざ肝心のときにクソを漏らしちまうことなんだ」

「そこがお偉方の馬鹿なところだな」ヤロスレフが言った。「前線じゃクソなんてみんな一度は漏らすから別にどうってことないんだ。クソなんて一度漏らせばわかるが、結構気持ちがいいもんだ。童貞を捨てるみたいなもんだ」

「ケツも砂嵐にさらせば、飛んでくる砂がこびりついたクソを根こそぎ取ってくれるしな」

「クソも漏らさないうちはまだ立派な兵隊とは言えねえ。ただ、クソを漏らして困るのは予備のパンツに手をつけなきゃいけないことだな。もし、クソを漏らしてパンツを取り換えた後にマンハントが始まったら、おれはいったい何をかぶりゃいいんだ」

「クソまみれのパンツがあるじゃねえか」

「かぶれるか、んなもん。カルカイヤじいさんじゃあるまいし」

「おれはそんなもんかぶったことねえぞ」

 そのうち、誰かが腰を下ろしてちびた煙草を吸い始めた。おれたちもそれに倣い、ちびた煙草をちまちま吸った。何もしねえ。こいつぁ、いかす。大隊長なんてのはいねえほうがいいようなおいぼれなんだから、消えたんなら消えたで結構。そっとしときゃいいんだ。

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